リストラの記憶

リストラ=リストラクチャリングは、“企業の再構築”“事業の再構築”というのが本来の意味するところであることは、皆さんご承知のことと思います。
しかし、最近ではその再構築の一形態である「人員整理」にスポットが当たり「リストラされた」といえば、会社を辞めさせられたり、不本意な部署への配置転換を受けたりといったことを意味する言葉になっているような気がします。

かくいう私も、“リストラ”を経験したことがあります。
サラリーマン時代、もう十年以上前になるかと思いますが、リーマンショックのあおりを受けて、当時在籍していた会社も経営がかなり苦しくなりました。
経営トップが経営会議で「売れるものはすべて売った」と言うような状況でした。
そこで、全社のある一定年齢以上の人を対象として希望退職者を募ることになったのですが、私の部署にも対象者がおり、部門長だった私は、私より年長の部下に対して退職の意思確認をしなければならなくなりました。
もちろん、希望退職ですから、あくまでも本人の意思で退職するかどうかを決めることができます。
また、退職金の積み増しも行うことになっています。
しかし、会社としてはある一定以上の希望退職者数を確保しなければ経営が立ちゆかなくなるわけですから、希望退職者の目標人数が設定されており、“希望”とはいえ、意思確認をする私にも相応のプレッシャーがかかりました。

共に目標に向かって一生懸命仕事をしてきた仲間、何かにつけ一生懸命助けてくれた仲間、しかも大先輩に対して、その人の人生を左右するような話をしなければならないことは、とても心が痛みました。
正直、そんな役回りはしたくないと思ったものです。

やがて、希望退職の面談の時が来て、オブザーバー役の第三者を一人加えて対象者の方とお話をしました。
オブザーバー役を付けるのは総務の指示で、2人で話をすると「言った」「言ってない」ともめることがあり、そのような事態を防ぐ為でした。

私からの、希望退職についての一通りの説明が終わったところで、その対象者の方は「会社に残ったら、来年は何をさせてもらえるのかなぁ」と問いかけをされました。
このような会社の状況ですから、来年の組織がどうなるのか、現在の仕事がどうなるのか私には確たるものが何一つなく、正直に「わかりません」とだけお伝えしました。
この問いかけは、今までリーダーとして部署を引っ張ってきた私の無力感や現在の状況に対する罪悪感を惹起させるものでした。
もちろん、リーマンショックという外的要因があったり、過去から脈々と続く会社の体質があったりと、決して私一人のせいで希望退職者を募らなければならない状況になったわけではありません。
しかし、私が十分にできていないと思って心のどこかに引っかかっていたあれこれが、自責の念として湧き上がってきたのです。

面談から1週間ほど他って、希望退職の対象者の方は「会社を辞めることにした」と私に結論を告げられました。
あの「会社に残ったら、来年は何をさせてもらえるのかなぁ」の問いかけに対して、「わかりません」ではなく、私なりに何か気の利いた返事ができていれば、ひょっとしたら異なる決断をされていたのではないか、そんなことを暫くの間考えていたものです。

対象者の方が退職されて少し時間が経ち、ご本人から別の仕事に就いた旨の連絡がありました。もともと特別な資格を持っておられた方で、その資格を活かして、九州のあちこちを回り、現場で作業をする仕事に就いたとのことでした。
「九州のあちこちを、女房と一緒に車で回って仕事をしています。色んな景色を見たり、その土地の食べ物を楽しんだり、気楽で楽しい第二の人生を送っています」

その報せに、私は救われた気がしました。
それとともに、ひょっとしたら、私はその方の人生まで自分で背負おうとしていたのではないかと、ふと思いました。

そしてそれは、今となってみれば、私の中にある罪悪感が仕掛けてきた“罠”だったのだと理解できるのでした。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。