低能を直すだけの人生から解放されたい

相談者名
えんしー
はじめまして。32歳女性のえんしーと申します。

私は子供のころ、言葉や社会性についての発達が遅れていました。
みんなと同じことができず、親や教師ももてあまし気味で「知恵遅れ」とバカにされるか、放置されるかでまともな指導はされなかったように思います。
成長して社会に出てから、仕事や会話ができないことで嫌がらせやセクハラをされたことから自己保身のために「低能を直さなければ」と思いました。速聴などで脳の働きを活発にしようとしたり、人にバカにされないために服装や持ち物に気を遣ったり、コミュニケーションについてはセミナーや趣味のサークルで鍛えようと思いましたが、どれも長続きしませんでした。

最近、コミュニケーション能力や仕事のできる人、いわゆる「頭のいい人」は何をしているか考えた結果「人と話す・関わる・人に質問することが頻繁」という事実に気付きました。
なら自分も…と思うはずですが、そこで躓いてしまいます。
会話ができない・人と居ると頭が真っ白(緊張というより良い接し方がわからないので何も浮かばない)・質問も浮かばないなどもありますが、何より人って自分より低レベルのものに対しては信じられないほどひどい態度をとってくる、という経験があり近づくことができません。

人間はある程度頭のレベルや価値観が似ていないと対等な関係を結べないので、どうしても力で支配する(される)関係になると思います。
人の中に入りたい、「普通の人間」になりたい、バカにされたくないと思うのですが、今の低能な自分では仲間に入ったところで、利用されたり笑われたりするのが目に見えています。
そこで「低能を何とかしてから…」という発想になっているうち友達も恋人もできず、それどころかまともな会話も考えも浮かばない、頭の悪い人間のままです。

最近では自分より優れた同僚や、趣味を楽しんでいる同級生などに対して怒りがわくようになりなした。同級生のブログをしつこく見てあらさがしをしたり、同僚をナイフで刺す想像をしたり、低能だけならまだしも「異常」です。

今後どのような心掛けをすべきか、アドバイスいただけたら嬉しいです。

カウンセラー
中原謙一
えんしーさん、始めまして
私は中原謙一と申します。
よろしくお願いいたします。

読ませていただいて、ひとつ気になったことがあるのですが、嫌がらせやセクハラをする人、人を馬鹿にする人、見下す人って、低能ではないんでしょうか?
私はこのようなことをする人たちのほうが低能だと思っています。

私の考えに沿っていわせていただくことになりますが、低能な人たちの足をすくうために、あらを捜したりしている行為そのものは、同じ「低能」といえるかもしれません。
悪い意味で、今えんしーさんはその人たちと同じレベルに居るのかもしれません。

大切なのは、えんしーさんがコミュニケーションを取れなかったことではなく、えんしーさんの周りにコミュニケーションを受け入れる能力のない人たちばかりいた、という事実を知ることではないでしょうか?

少なくとも、私から見れば、えんしーさんは観察力と分析能力が長けているように感じられます。
しっかりと情報を収集し、その情報からどのような結果が得られるかをちゃんと把握できる、いわゆる「理系脳」をお持ちですね。

問題なのは、日本人の気質として「同じでなればいけない」とみなが思っていて、違うものを受け入れない風土がもともと強くある、ということです。
ここで本当に有能な人であれば、えんしーさんの様子を見て「あ、私とは考え方やものの見方が違うんだな。」と察することができるわけです。
そうすることで、えんしーさんが「発信」したものを「受信」する能力を上げていくわけです。

コミュニケーションがうまくいかなくなったとき、人はまず、情報を発信している自分が良くないのではないか、または情報が発信できない自分が悪いのではないかと考えます。
しかし、コミュニケーションにおいて重要なのは、情報の発信ではなく、受信側にあります。

たとえば、いくらすばらしいラジオ放送をしていたとしても、誰も受信することができない方法で電波を流し続けていても、誰も聞いてもらえませんよね。
FMが聞きたいのに、AMのチャンネルをいじっていても、聞くことはできないわけです。

そしたら、わけのわからない放送が突然「あんにょんはせよ」と入ってきてしまい、混乱してしまう、なんとこともありますよね。
えんしーさんが真っ白になるのは、おそらくこのような「必要以上に相手の情報が入りすぎて」おこるのか、相手が発している情報と、えんしーさんが感じているものとがかみ合わなくなって混乱している可能性があるということです。

まあ、えんしーさんの一番の問題は、「周りが正しくて、自分がおかしい、間違っている」と思い込んで、相当自分をいたぶり続けたことにあるのではないか、と私は感じます。
先ほども書きましたように、今のえんしーさんは、私から見た低能な人たちと同じレベルになろうと、つまり一緒になろうと躍起になっているようなものですからね。

実際にはそうではなく、「こんな人たちに怒りを持つ価値すらない」「その時間とエネルギーがもったいない」と、このような人たちを相手にされないことをお勧めします。
相手にしている間は、その人たちと同じように自分自身で自分を「低能」と扱ってるのと同じです。

そうではなく、えんしーさん自身が自分のことを「自分らしく」扱ってあげていただきたいわけです。

ぱっといわれてもよく意味がわからないかもしれません。
わかりやすくいうならば、「周りの人たちからしてほしかったことを、まず自分が自分自身にしてあげる」ということです。

周りと同じではない
自分は普通ではない

別にそれでいいのではないですか?

どれだけ自分を否定しても、えんしーさんは人間ですよね。
ならば私たちと同じです。

自分の価値観以外を受け入れられない人たちのいうことを信じるのか、自分自身の真実に耳を傾けるのか。
えんしーさんが選びたいほうを選んでください。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

えんしーさんの人生に幸多からんことをお祈り申し上げます。

ありがとうございました

中原謙一

この記事を書いたカウンセラー

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