媚を売っていると思われたくない

相談者名
ひるねこ
就活生です。よろしくお願いします。

私は、人から好感をもたれるであろう態度をうまく取れません。
例えば、少し笑顔になったり、頷きながら話を聞いたりなどです。
キャリアアドバイザーさんや人事の方が、「笑顔になったり頷いたりした方が、好感が上がるし、話している方も安心して話せる」と言われていました。
ですが、いざ自分がしようと思うと、「媚を売っているようだ」とか「あざとい」「自分が良く思われたいだけでいやらしい」と思ってしまい、うまく出来ません。(仲のいい友達にならできます。)もちろん、自分が良く思われるためだけでなく、話し手を大切にすることになると分かってはいます。

考えてみれば、小学生の頃から、「先生に媚を売っているなんて絶対思われたくない。
そのくらいなら、先生から嫌われている方がまし」などと思っていました。ひねくれていて嫌な性格だと思います。

こんなことを感じるのは私だけでしょうか?
なぜこんな風に思うようになってしまったのでしょうか?
解決するためには、何をすればいいでしょうか?
何とか直したいです。アドバイスがあれば、教えてください。

長文、乱文ですみません。読んでくださり、ありがとうございました。

カウンセラー
中原謙一
ひるねこさん、はじめまして
私は中原謙一と申します。
よろしくお願いいたします。

ひるねこさんのように考えられる方は、実は結構います。
原因はいろいろあるので、一概に「これが原因です」と特定するのは難しいかもしれませんが、複数の原因が絡み合った結果、ひるねこさんのように考えられてしまうことは、誰にだってあるわけです。

ただ、ひるねこさんの場合、文章から推測できるだけですが、最低でも3つの原因があるように感じます。

一つ目は「恥の概念」です。
これは、「いざ自分がしようと思うと、「媚を売っているようだ」とか「あざとい」「自分が良く思われたいだけでいやらしい」と思ってしまい、うまく出来ません。」とおっしゃられているのですが、これは自分が好感をもたれる態度をとることが「恥」のように感じているのかもしれません。
日本人の文化は「恥の文化」といわれています。
昔の日本人は、恥をかくことをなにより嫌い、恥をかくくらいなら死んだほうがまし、という考え方や教育が当たり前の時代がありました。
ひるねこさんにとって、自分をよく見せようという「行為」そのものが、「恥をかいている」という感覚と同じようになっているのかもしれませんね。

二つ目は「禁止」です。
これは例で言いますと、たとえばひるねこさんがダイエットをしていて、甘いものを禁止していたとします。
そんなときに目の前で、自分の好物のケーキやチョコなどを平気で食べる友人なんかがいたとしたら、もしかしたら腹が立つかもしれませんね。
このような感じで、自分が「媚を売る」とか「へりくだる」「良く思われたい」と思って得られるものを「禁止」していたとしたら、その行為そのものに対して怒りをもつことはあるかもしれません。

たとえば、甘えることを禁止すると、人に甘えることも人から甘えられることも、どちらも腹が立ちますからね。

みっつめは「自己嫌悪」です。
おそらくですが、ひるねこさんはもともとの考え方が「自分は愛されていない」という前提条件で物事を考えているのかもしれません。
それが媚を売る相手であるとか、先生であるとか、おそらくひるねこさんに対して影響力を持つ人たちに対して、より強く感じるかもしれません。

これは過去の経験において、ひるねこさんが自分に対して影響力を持っている誰かに「期待」をした可能性があります。
そして、その「期待」はことごとく裏切られたのかもしれません。
まあ期待を裏切られると人は傷つきますから、当時のひるねこさんは、その傷ついた自分を納得させるために、原因を「自己嫌悪」にして「もう期待しない」という自分だけのルールを作ったのかもしれませんね。
これを人は「あきらめ」というんですよね。

ひるねこさんは、すでに小学生の頃に「あきらめ」の感情にまで達しています。
これは「~のほうがまし」という言葉が、自分に対して「あきらめなさい」といっているのと同じ意味を持つからです。

この状態から抜け出す方法、つまり解決方法は、あります。
ただ、ひるねこさんの場合、それこそ長い年月をかけて作り上げた「自分だけのルール」をすべて書き換えるくらいの労力が必要かもしれません。
日本国憲法を改正するくらいの大事業になるわけです。

その覚悟ができたときに、初めてひるねこさんの日常に変化が現れると私は感じます。

で、その解決方法ですが、ポイントはたった一つです。
それは、「自分は愛されていない」という前提条件を「自分はみんなから愛されている」に変えるだけでいいです。

言葉でいうのは簡単ですが、実際にはどうすればいいのか、具体的には何をするのかはまったくわかりませんよね。
実は、この「わからない」が大切なんです。

この「わからない」の中に、強烈な「怒り」と「絶望」の感情が封印されているからです。
この封印された感情を、安全な形で「解放」してからでないと、解決方法にまでたどり着けないんですよね。

簡単に言うと、ひるねこさんは「怒り」の感情を長い間抑圧して心の中に封印してきた分だけ、たまりにたまった「怒り」の感情が「心の成長と幸せになること」を邪魔している、と考えていただければいいです。

まずは怒りの感情があることを受け入れ、それを安全な形で解放し、それから「自分が愛されている」ことを受け入れる作業をしていくことになるでしょう。

ポイントは頑張りすぎないこと、独りでやろうとしないこと、考えすぎないこと、この3つですね。
独りでチャレンジするには、なかなか大変な作業ですからね。
よき協力者、理解者を見つけてからチャレンジしてみてください。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

ひるねこさんの人生が楽しさで満たされるようになるための参考に、少しでもなることができれば幸いです。

ありがとうございました。

中原謙一

この記事を書いたカウンセラー

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