母に対しての感情と現在の自分

相談者名
ひだまり
はじめまして 現在 29歳 結婚して3年目子供はまだの専業主婦です。
母は私にべったり依存していてとても頼ってきます。両親は小学4年生の頃に離婚しました。散々なことがたくさんありました 年金などおさめる余裕が無かったため
『老後は娘にみてもらうから大丈夫』と周りにふれまわっています。私も幼い頃は 遅くまで働く母を見て 本気でそう言っていたのです。しかし
それまで父の悪口ばかり聞かされ私も父に冷たくあたっていましたがもう 私も大人だしすべて許そうかなと思っていたそんな中父は急死し、それ以来 以前の純粋な気持ちで母と向かい合えません。
今は『いままでさんざん振り回しておいてまだ私の人生にぶら下がる気か!私はあなたの旦那様じゃない』とまで思ってしまいます。
しかし 現実問題 身寄りもなく 財産もなく 体も老化の一途で仕事もおぼつかない母は私が面倒を見る他ありません。今は離れて暮らしていますがいずれ同居せざるを得ないと思うと気がめいります。
生活に困る母に対しての罪悪感と 助けたくない という思い 幸せにしたいという気持ち
で ごちゃごちゃです
夫はとても幸せで夫婦愛し合っている家庭に育ちました。彼に対しても 寂しさやつらさ 甘えたい気持ちをうまく表現できず 伝わらないとカッとなってしまい険悪になり自己嫌悪です。もういやです。幸せな家庭が欲しいのです。どのような心持ちでこれから生きて行けばいいのでしょうか
カウンセラー
大門昌代
ひだまりさん、はじめまして。今回担当させていただきます大門と申します。どうぞよろしくお願いします。

遅くまで働くお母さんを見て、「私がお母さんの老後の面倒をみよう」と思ったことも本当でしょう。
そして、「いままでさんざん振り回しておいて、まだ私の人生にぶら下がる気か!私はあなたの旦那様じゃない」と思うことも本当でしょう
相反する気持ちが、ひだまりさんの中にあって、「助けたいけど、助けたくない」という気持ちでしんどいのでしょうね。

私たち人間は、相反する気持ちを同時に持つことがしょっちゅうあります。

「好き!」だけど「嫌い!」みたいな感じですね。

相反する気持ちがあるときは、まずはどちらの気持ちも受け入れてあげることが必要です。
だって、あるのですから、そうなのです。
どちらかを否定する必要はないのです。

まず「助けたい」という気持ちからみていきましょう。
ひだまりさんは、どうして「助けたい」と思うのでしょうか?

苦労しておられるお母さんをみてきて、「大変そうだな」とか「私のために頑張ってくれているのだな。申し訳ないな」そんな風に思ってこられたからかもしれませんね。
ひだまりさんご自身も書いてくださっているように、お母さんに対する罪悪感があるのでしょうね。
罪悪感があるので、お母さんに対して何かをしてあげようとすると、その動機が「これをしないと罪を償えない」というものになってしまいます。

そうすると、助けるか助けないかの選択する余地がなくなり、「助けたい」というよりは、「助けるしかない」という感じになってしまいます。
「同居せざるを得ない」という言葉にもその気持ちは表れていますよね。

まずは、お母さんへの罪悪感をなくしていって、「助けてあげたいな」と思えるときもあるし、「今回は、一人で頑張ってもらおう」と思えるときもある。
そんなひだまりさんになっていただけたらなと思うのです。

罪悪感を持つということは、お母さんに対して悪いことをしたと思っているわけです。
その思いを書き換えていきましょうね。

ご両親は離婚されましたが、ひだまりさんが生まれたとき、二人はとても幸せだったのではないでしょうか。ものすごく喜ばれたことと思います。
もしもご両親が離婚されたときに、ひだまりさんがいらっしゃらなかったとしたら、お母さんはそんなに頑張れたでしょうか。
別で暮らしておられたでしょうが、お父さんも同じだと思います。
ひだまりさんがいらっしゃる。それだけでご両親の支えになってあげることができていたのだと思います。
ひだまりさんには、何の罪もないのです。

次に、「助けたくない」という気持ちをみてきましょう。
「~したくない」という気持ちが出てくるときは、それをしたときに感じる感情が嫌なことが多いですね。
ひだまりさんは、お母さんを助ける、援助しようとすると、いったい何を感じるのでしょうか?

もしかしたら、「私はこんなに我慢しているのに!」とか、「私はお父さんの代わりじゃない!」という気持ちがあるのかもしれませんね。
その気持ちの裏側にはきっと「もう我慢したくない」「私自身を愛して欲しい」という気持ちがあるのではないかと思います。

お母さんを助けてあげなきゃと思うあまり、ご自身のことはたくさん我慢してこられたのではないでしょうか。
いっぱい、いっぱい我慢して、自分が犠牲して誰かになにかをしてあげてきたとき、うんざりしてしまうものです。

そして「私はこんなに我慢しているのに、どうしてわかってくれないの!」と、相手に対する怒りにもなります。

もう我慢はやめていきましょう。
お父さんの代わりになってあげようと、ひだまりさんは、子供らしいことをしてこなかったのではないかと思います。
誰かに甘えたり、自分のやりたいことをやったり、そんなことは、ひだまりさんには許されないことだと思って頑張ってこられたのだと思いますので、これからは旦那様に甘えたり、自分がやりたかったことをやったりしてもらいたいなと思います。

自分が色々なことを我慢して犠牲してやっていると、我慢をしない人を見るとすごく腹立たしくなります。
本来は、その人を助けてあげたくてはじめたことであっても、そこに我慢があると、限界がやってきてしまうのです。

もしも、我慢をやめることができたら、犠牲をやめることができたら、我慢をしない人に対しても、腹立たしい気持ちは持たなくてよくなります。

いったい、ひだまりさんは、何を我慢してこられたのでしょうか?
いったい、何を犠牲にしてこられたのでしょうか?

楽しむこと、自分のためになにかをすることを、禁止してこられたのだと思いますので、これからはどんどんやっていってくださいね。
そんなことをしたら、お母さんの面倒をまったくみない自分になってしまうのではないかと、怖くなるかもしれませんが、そんなことはないのです。
自分のことをやり、我慢が減ったらその分、周りにやさしくなれるのです。
心に余裕を持たせるためにも、ぜひやりたいことをやってもらいたいなと思います。

そして、ご主人との関係ですが、ひだまりさんは、長い間自分に甘えを禁止してきた分、「寂しい」「つらい」「甘えたい」の気持ちをどう表現していいかわからなくなっているのだと思いますので、ここは少し練習が必要ですよね。

「寂しい」「つらい」「甘えたい」という気持ちを伝えようとすると、自分が弱くなったように感じるのかもしれませんね。
おそらくですが、お母さんもこれが苦手だったのかもしれませんよ。
お父さんとお母さんは、幸せな家庭を築けなかったかもしれませんが、そんなご両親をみてきて、何が必要かはひだまりさんが一番ご存知なのかもしれませんね。
何があれば、ご両親は幸せな家庭を築けたのでしょうか?

お互いの弱い部分も、素直に表現することができたとしたら、支えあうこともできたのかもしれませんよね。
お父さんやお母さんができなかったことを、ひだまりさんがやってみるときなのでしょうね。

ご主人に、弱い自分をそのまま見せてみましょう。
うまく言えなくてもいいのです。
短い言葉でもいいのです。

「私ずっとしんどかった。助けてほしい。そばにいてほしい」そう伝えてみてください。

溺れている人を助けるには、助ける側の人がまず泳げることと、体力と技術が必要であるように、ひだまりさんご自身がまず、幸せな家庭を築き、心に余裕を持った状態でないと、お母さんのそばに行くことは、危険でしょう。
体力がない状態のひだまりさんに、お母さんがしがみついたとしたら二人とも溺れてしまいます。

まず自分です。
そして、それからお母さんのことを考えていくようにしましょうね。

心に余裕を持つために、よかったらカウンセリングも利用してみてくださいね。
ご相談ありがとうございました。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

恋愛や結婚、浮気や離婚など男女関係、対人関係やビジネス関係、家族関係や子育て、子供の反抗期、子離れ、親離れ問題など幅広いジャンルを得意とし、お客様からの支持が厚い。 女性ならではの視点と優しさ、母としての厳しさと懐の深さのあるカウンセリングが好評である。PHP研究所より3冊出版。