ケータイ忘れたら存在価値なし!?

普段から落とし物をしたり忘れ物をしたりすることはあまりないのですが、どうも昨日はうっかりしていたようで飲食店に携帯電話を忘れてきてしまったのです。
「まぁいっか、明日休みだし」と思い、翌日取りに行くことにしました。

ところが、その飲食店は夕方からの開店だったので、丸一日ケータイ無し生活となったのです。

すると、忘れたと気づいた時には「まぁいっか」と思えたのに、ケータイ無し生活となると急に不安が出てきました。

「そういえば今日電話で確認しなきゃいけない仕事があったなぁ」
「泊まりで出掛けているパートナーから連絡があるかもしれない」
「あ、コラムの〆切日なのに・・・コラム原稿がケータイに入ってたなぁ」などなど。

案外、困ることもあるもんだと思いながらも、次第にこれもまた「まぁいっか」で済ましてしまい、今新たな原稿をつくっている最中なのです(笑)

二段階の「まぁいっか」を超えると、今度は不思議と安堵感がわいてきました。

「あぁ、私がケータイ忘れても世の中はいつものように何事もなく回っている。よかったぁ~」

なにを馬鹿馬鹿しいこと考えているんだ!?と思われそうですが、本当にそう思うのです。

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私たちはいつも何かしなければならないことばかりに追われていることが多いようです。いつの間にかそんな日常に追われて、ケータイから解放される日もなく過ごしている方も少なくないのでは・・・と思います。

時々、山奥の温泉に出掛けることがあるのですが、携帯電話の電波が届かなくなるような場所にたどり着くと妙な嬉しさを覚えるのです。船の上で電波が届かなくなったこともありました。そんなとき思うのは、俗世間から離れ、誰からも邪魔されないような場所に来られたんだなぁ、という感じです。

こんなことを思うほど、仕事や家庭、友人関係において「何かしらの責任」を感じながら生きているのかなぁと思うのです。きっと「あれしなきゃ、これしなきゃ、私がいないと仕事も家庭も回らないのよ!」と思う人もいるでしょう。しかし、それほどまでに「何かしらの責任」を負う必要はあるのでしょうか。

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人は、自分の存在理由を他者から見出して生きています。
誰かのために起こす行動が、「~~しなきゃ愛されない」「~~しなきゃ認められない」という心理からなのか、「~~して喜んでもらいたい」「~~して安心してもらいたい」という心理なのかによって自分の存在理由が異なってきます。

前者は自己価値が低く、自分が愛される・認められるはずのない存在だと認識しているときの行動パターンで、後者は自分が人を喜ばせる・安心させることのできる存在だと認識できているときの行動パターンといえます。

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ケータイ忘れてふと立ちどまることのできた一日。
あくせくしながら過ごす日々に、自分の存在理由はなんだろう、と振り返る時間・・・

こういう時間って大切だなぁと思います。

あなたのケータイも一旦OFFしてみましょう。

さて、あなたは自分がどんな存在でありたいのでしょうか。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

仁和 智美

仕事、恋愛、対人関係、対人援助職の悩み、メンタルヘルス・精神障がい・アイデンティティなど、生きにくさを感じる方へのサポートを得意とする。その人らしい人生を送ることができるよう、個性を大切にしたカウンセリングを提供している。 圧倒的な安心感と芯の通った人柄で信頼感があると定評がある。