衝動の中を見てみよう! ~自己攻撃の罠に隠されたギフト~

子供のころによく叱られて、あるいは、思春期に自意識過剰になってしまって、私たちは自分の自然さ・セクシャリティを抑圧してしまいました。

素直な自己表現を辞めてしまうのは、とても残念なことです。
私たちは感情の生き物です。良いか?悪いか?正しいか?間違っているか?よりも、ただ無心なあなたを大切にしましょう!
コントロールと矯正は自己攻撃です。死の方向に向かっているのです。
あるがままのあなたは何より尊いもの・・。大人になった今だからこそ、あなたのセクシャリティを見直してみませんか?そこにリーダーシップやヴィジョンのエネルギーが隠れています!
今回は、つい自己主張が強くなってしまって困っているというリクエストから、自己嫌悪の罠、罪悪感の罠、そして隠れた才能について触れています。

◎リクエストを頂きました◎
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私は昔から自分の意見がはっきりしていて自己主張が強いです。そんな自分がイヤで、おとなしく目立たない人間になりたい、
会議などで黙っていられる人間になりたいといつも思います。
でも、何かにつけ、小さな会議でも大勢の集まりでも「あれを聞きたい」「これは違うんじゃないか」と気になってしまうと
自分が抑えられず、ついでしゃばって発言してしまい、あとで、「また言っちゃった~」って自己嫌悪します。
どうして、自分の言いたいことを抑えられないのでしょうか?
特に目立ちたいと思っているわけではない、と自分では思うのですが、本当は目立ちたいと思っているのだろうか??と訳がわからなくなります。
この、言いたくないのに言わずにはいられない衝動、自分で自分がコントロールできない感覚が気になって仕方ないのです。
まくしたてて主張する人がいますが、ああいう感じではないです。
私の意見がスルーされてもそれはそんなに気にならないです。

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リクエストをありがとうございます。

私はご依頼者のメッセージから、無邪気さのエネルギーと、それに反するような【抑圧】を感じました。
それは、ご自身を矯正しようとしているからです。その必要はあるのでしょうか・・?

ご依頼者の方は、何故、言いたいことを抑えなければならないと感じていらっしゃるのでしょうか?
自分で自分をコントロールできない感覚や衝動を、良くないことだと決めつけていませんか?

私たちのあるがままの自然さやイキイキさのことを、『セクシャリティ』と言います。
セクシャリティを抑圧していると、やがては問題になってしまうのですよ。

あるがままの自分がつい出てきてしまうのは、そこにいる人たちに対して、ご自分を開いているからです。
「ハートから何かを与えたい!」という≪聖なる衝動≫であり、これは、とても素晴らしいことです。

でも、ご依頼者の方は、自己主張が強いことがどうして「よくない」と感じていらっしゃるのでしょうか?

◇考えられる原因 【自己嫌悪の罠】

自己主張をすることに抵抗がある方は、ご自身のことをあまりいいものだと思っていない場合があります。
自分はいいものではないから、目立たないように息をひそめておこう・・というような。

でもどうして、あなたは、「いいものではない」のでしょうか?
この世に「いいものではない」人などいません。
そう感じる心があるだけです。

自分を罰する気持ちはどこから生まれたのでしょうか・・?

ご依頼者の方は、子供のころや思春期のころに、わがままだと言われたり、自己主張が強いことで、周りに嫌な顔をされたり、批判されたりした経験がありますか?

そして愛する人を自分のパワーで傷つけてはいけないと感じていませんか?

でも、誰かが傷つくのは、私たち自身が自分を傷つけながら、何かを与えた時に限ります。

◇考えられる原因 無意識のレベルの【罪悪感の罠】

カウンセリングをご利用される方の中には、過去の出来事によって傷ついてしまって、それから素直に自分を出せなくなって、自分に嘘をついて、「自分をコントロールしてばかりの自分が嫌だ、辛い。」とおっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。

ご依頼者の方は、ご自身の本心を見失うことなく、大切にすることができた成功例のような方ではないでしょうか?

仮にちょっと想像してみてくださいね。
あなたの周りの人たちがみんな社会の犠牲になって死んでしまったと。
でも、あなただけは、なんとか生き残ったと。

どう感じますか?
「ラッキー!今から皆の分までイキイキと楽しく生きていくぞ!」とは思えないのが、私たちです。

自分の運の良さを受け取る代わりに、【罪悪感】で自分をいじめようとするのです。

私たちは「悪い人」になりたくないから、「いい人」を演じる。※【補償行為】といいます。
でも、そもそも自分を善なる存在だと信じてないから演じるしかなくなるのです。

【罪悪感】が私たちに演じさせるのです。演じることを毎日毎日やっていると、自分でも自分が誰だったかわからなくなるのです。
そうして私たちは、嘘つきな自分をいつもどこかで恥じています。

自分をだまし続けることは、本当に疲れることです。心理的な自殺です。
やがては心身ともに痛んでいきます。
また、周りの大事な人たちにも、重責感を背負わせることになるのです。

これは全て、無意識のレベルで起きています。

【罪悪感】は百害あって、一利なし、です。人は、【罪悪感】と共に幸せになることはできません。
罪の意識は私たちを引き籠らせるだけです。

ご依頼者は自ら【罪悪感】の檻に入ろうとなさっているのではないでしょうか?

「つい出しゃばって発言してしまう」とありますが、いいではありませんか?
社会的な会議というのは、閉鎖的・抑圧的なもの・・。
実はその雰囲気を変えるために、あなたの≪無心な部分≫が自動的に発動しているのではありませんか?

“膠着状態に一石を投じる”という勇敢なリーダーシップなのかもしれませんよ。

これまでにいろいろな出来事があって、もう自然な自分のことを信じられなくなってしまったのかもしれませんが、どうか、そのままのあなたを大切にしていただきたいと思います。

私たちは自分を矯正しようとして苦しみ、その選択の結果、問題地獄に堕ちるのです。

どうか、あなたの清らかなセクシャリティを殺さないで下さい。
あなたは≪先駆者pioneer≫の才能をお持ちなのかもしれないのですから。
新しい道を切り開く人は、型破りで、時に周りをびっくりさせるものなのです。

衝動の中には、祈りや切なる願いがあります。
時にそれは、世界を変える力にもなり得るのです。
その部分を大切にしてみてください。

ありがとうございました。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

多田 陽香

対人関係、恋愛、個性、才能、感情の問題など、様々なお悩みに対応するベテランカウンセラー。 深い意識を熟知し、問題を根本解決へと導く。 世界各国で長年にわたり精神世界を学ぶ一方、大手芸能事務所の番組制作協力をワンクール担当する等、豊かな感受性を生かしてカウンセリング生活を楽しんでいる。