セピア色の思い出

セレブって、欲深い金の亡者である一方で、富を手にしていることに対する罪悪感を背負った不幸の象徴。そんな、「セレブ」を毛嫌いしていたおのぼりさんの私を、彼は都心の華やかな世界へ連れて行ってくれました。
物質的な豊かさに、精神的な豊かさが伴うものが、本当の意味でのセレブリティ―であって、本質的にはお金は関係ないのだということ。日本は物に恵まれている国である以上、セレブリティっていうのは、完全に経済論じゃなくて精神論なんだということを、日本の中心地で、彼のフィルターを通して知りました。
それはすごく豊かな世界で、私は自分の日常を楽しめるようになりました。
結構中身は男っぽい。そーゆー私は基本モテませんでした。
正直学生時代は男女関係において、あまりいい思いはできませんでした。
そんな私を、「ここはこうした方がいいよ。」って、私のモテない要素を一つずつ男目線で改造してくれたのも彼でした。
おかげで私は何故かモテない損な人生を卒業することができました。
それまで誰に相談しても理解してもらえなかった私の家のこと、家族のことを、彼は分かってくれました。
育った環境が似ていたから。私が口にする言葉の裏の裏まで全部分かってくれた上で、彼は私の味方をしてくれました。
それはまるで、インドの山奥で遭難していたところ、偶然日本人と巡り合ったような感覚。ものすごく安堵したのをはっきり覚えています。
そんな、感謝してもし尽せない彼に別れ切り出したのは私でした。
感謝していた分、罪悪感は大きかったし、好きだった分、手放せなかったし、新しい人と付き合い始めて大方癒されたけど、傷跡は完全には消えていなくて、辛かった・・・。
いつかセピア色の素敵な思い出にできたらいいなって思っていました。
最近私のマインドが色々変わっていて、それに伴い、彼との思い出もだいぶセピア色に染まってきました。
そんな彼との思い出を少々・・・。
その前に、私の好きな詩を。
夢の八訓
一、「夢」のある者には「希望」がある
二、「希望」のある者には「目標」がある
三、「目標」のある者には「計画」がある
四、「計画」のある者には「行動」がある
五、「行動」のある者には「実績」がある
六、「実績」のある者には「反省」がある
七、「反省」のある者には「進歩」がある
八、「進歩」のある者には「夢」がある
by吉田貞雄氏
彼はこれを高い次元でクリアに実践しているような人でした。
すごくストイックな人で、ストイックな世界に身を置いていて、仕事の関係者にはとても厳しい人でした。
でも彼女の私には特別甘くて、私はそこにある種の優越感みたいなものを感じていて、それを証拠に、私は愛されてるのねって確信していました。
私は超ワガママな側面と、超献身的な側面を両極端に持ち合わせている人なのですが、何を言っても許してくれる彼は、私にとってすごく居心地が良くて、だからこの人の為なら何でもしてあげようと思いました。
私は彼を愛していました。
別れのきっかけは、ひたすら優しかった彼にある日怒られたこと。
就職した会社が水に合わなくて、でも我慢し続けた結果心がボロボロになってしまい、結局辞めたのですが、その後、燃え尽きて抜け殻みたいになってしまったんです。
1ヵ月経っても、2か月経っても…、永遠に家に引きこもってグダグダしてたら、
「何やってんの!」って、ついに彼がキレてしまった。
当時の私は怒られたり怒鳴られたりすることにめちゃくちゃ弱かったんです。
親が二人とも、とても賑やかな性格で、喜怒哀楽が超激しいタイプだったから。うまくいってる時は太陽のように明るい家庭だったけど、一度うまくいかなくなると、怒声が飛び交って家の中は大荒れで最悪だったから。その荒れ方が半端なくて、横目で見ながらずっと震えてたトラウマが原因。
加えて彼はキレると超怖い人だったから。たまにいるじゃないですか、物腰が柔らかくて滅多に怒らないけど、怒らせたらヤバい系の人。そんなタイプでした。
ま、自分の弱みを知っていながらそんな人をパートナーに選んでしまったのは私なのですが…。
何でもいいから何か始めろと言われ、
3年以内に目に見える形で結果を出せと言われ、
できなかったら田舎に帰れと言われました。
ホント怖すぎて固まっちゃって、それ以来彼の顔色をうかがうようになってしまい、最高に居心地の悪い相手になってしまいました。
全て私の投影の仕業なんですけどね。
彼は頑張っている私のことは受け入れてくれるけど、頑張ってない私のことは受け入れてくれないんだなって思うと、この人、なんか違うって思い始めてしまって。そしたら冷めちゃって。だって、頑張りたくても頑張れない時ってあるじゃないですか。
でも怒ってても底にある思いやりは十分感じたから、それを受け取れずに冷めてしまっている自分が嫌。でも本音は、冷めてしまったんじゃなくて、愛されていることへの自信がなくなってしまっただけで。そんな自分がもっと嫌で。
「あなたと終わらせようと思っている自分が許せないから別れてほしい。」
って意味不明なことを言って無理やり別れてもらいました。
こんなことくらいで別れるのって、相手のこと考えてないっていうか、器が小さいというか、すごい自分勝手でワガママだったと思う。でも、こんなことくらいで「もう無理」ってなっちゃうくらい心に余裕がなかったみたいです。
仕事も男も捨てた私って、最低・・・。
何もなくなってしまいました。
とりあえず今変わらないと、私、腐るって思いました。
しかし彼は一体何を基準に3年以内と言ったのでしょうか。
人は適当な数字を口にする時、3と8を使う傾向があるらしい。だとすると、この3年という期限は全くもって根拠がない。
でも3年以内に結果を出せっていうのが、私の背中にずっしり圧し掛かってしまっていて、何かしなきゃって思って、考えた末、カウンセラーになりたいなって思って、神戸メンタルサービスのカウンセラー養成コースに入会しました。
もうね、3年でプロになれなかったら全部捨てて出家するくらいの意気込みでしたね。思い出したら大げさすぎて笑っちゃうんですけど、本気でした。
コース入会と同時にカウントダウンが始まりました。
時限爆弾のスイッチが入った感じ。もう立ち止まってる時間なんてありません。プロカウンセラーになるまでのいくつかのステップがあるのですが、早く次に進まなきゃって、常に焦ってました。
養成コースの諸先輩方からは、「そんなに生き急いでどうするの~?」って、実に全うな癒し系のお言葉を多々いただいたのですが、時限爆弾を抱えています故、平和ボケしてる暇はなくってよ。
でも学んでいくうちに自分の問題にぶち当たって、それどころじゃなくなってしまって。思ったほどトントン拍子にはいかなかったので、カレンダー見ながら残り時間を計算して冷や冷やしてました。
プロカウンセラーとしてデビューしたのは、養成コースに入って2年10か月目。
間に合った・・・。
そろそろデビューしましょうかという話をいただいた時、一気に緊張が抜けて、その反動で肺を患ってしまいました。
どんだけ自分で自分を脅迫してたんだって感じで。
もし間に合ってなかったら、多分相当自分のことを責めていた気がします。
プロデビューまでのプロセスは私にとって一生の宝になるようなことばかりで、素晴らしい出逢いがたくさんあって、本当に貴重な経験をたくさんさせていただきました。
もし、こんなに自分を追い込んでやらなかったら、もっと得られるものが大きかったんじゃないかと思うと、少しもったいことをしたような気がします。
でも仮に3年という期限を作らずにプロカウンセラーを目指したとしたら…。ちゃんとコミットメントしていなかったとしたら…。
私は元来ズボラな性格ですので、中途半端に手を付けてうやむやになって終わっていたような気もする。だとしたら、あの貴重な経験はできなかったわけだし、今カウンセラーやってて幸せだから、まぁ生き急いでよかったのかなと思います。
最近つくづく思うのは、何をするにも、期限を設けて自分を追い込むやり方は合ってないということ。制限を感じてしまってしんどくなるから。私は容量がいいようで悪いし、そんなにタフなメンタルも持ち合わせていない。ゆっくりマイペースに長期計画でやる方が自分らしいなって思います。
でも志は高いくせして基本怠け者なのに諦めだけは悪い。「初志貫徹」が座右の銘!という面倒くさい性格をしているので、たまには期限を決めて追い込みをかけないと進むものも進まない。そのペース配分は自分で決めることなんだけど、塩梅が難しいなーって思う今日この頃なのです。

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