「家」からの恵み

昨年から、突然の解雇で住む場所を失う方がたくさん居られることがニュースで報じられています。
アパート経営をされている方もまた、収入が入らなくて困っていらっしゃるそうですね。
一方、空いている研修施設をしばらくのお住まいに提供する企業や、空き部屋を提供する大家さんがいらっしゃるという、少しほっとするニュースも耳にして、昔話で旅人が一夜の宿を借りる話や、寅さんが居候する映画のシーンなどを思い出したりします。
困っていらっしゃる方々が、一日も早く安心して暮らせる場所を得られるようお祈りしています。
私は、冬になって研修が一段落し、落ち着いて家に居られる時間が増えてきました。
おかげさまで新年は、家が与えてくれている恵みを一つ一つ受け取りながら始めることができました。
毎週末のように遠出していた頃には、洗濯だけはしていましたが、整理や片付けが後回しになって、部屋の中には、使う物と使わない物がごちゃ混ぜになっている状態でした。
家に住んでいるといっても、家の中の、どこで何がどうなっているのか、把握もしていなければ、ゆっくり見ることなどはまずありませんでした。
それどころか家の中を見ると、家が汚れている分だけ、お掃除してない、整理できてない・・・と、やることをやっていない自分を責めたり、自分自身をごちゃ混ぜの部屋と同じように感じたりして、何となく重い気分でした。
だから無意識に、家の中をあまり見ないようにしていたのかもしれませんね。
出歩く機会が減り、生活のペースをだんだんゆっくりにしていくと、少しずつ時間に余裕が出てきました。
余裕がない時は、それを心理的には正当な理由にすることができていたのか、「整理ができなくても仕方ない」とあきらめることができていたのですが、余裕が生まれるとともに、「余裕があるからには片付けなきゃ、掃除しなきゃ」というような焦りも出てきました。
焦り自体はあまり嬉しい感覚ではありませんが、焦りが原動力になって、やっと片付けに向けてエンジンがかかりました。
まずは楽なところから始めてみました。
袋に入れてあった不要物をリサイクルセンターに運ぶのは比較的簡単でした。
運ぶだけですから。
袋の有ったスペースが空くと、それだけでもスッキリ感が出て、これが、よしよし、いいぞ! というような、自分を認める感覚をもたらしてくれたようです。
おかげで、自発的に片付けようとする意欲が出てきました。
まだ片付けていなかった半そでの服を衣装ケースに仕舞い、冬物のセーターなどを使いやすい場所に移動しました。
いわゆる衣替えを、季節外れの真冬に実施したのでした。
あるべきものが、あるべき場所に落ち着く、どこに何があるのかよく分かる、というのは、心に無用の混乱や苛立ちを起こさせなくしてくれるのですね。衣服が整っただけで、随分気持ちが落ち着き、楽になりました。
衣替えと同時に、片方が見当たらなくなっていた靴下も捜索しました。
思わぬ衣装ケースに入れてあったり、ベッドの下に入り込んでいたりして、徐々にあちこちから行方不明だった片方が集まってきました。
これは、なかなかの快感でした。
もともと2つ揃って一足という靴下、元の完全体に戻していく作業が、心にも満足感をもたらしてくれたのでしょう。
窓には暖房効果を高めるプチプチビニールを貼りました。
その時サッシの下にたまった埃を拭き取ると、黒光りのする美しいアルミサッシの素肌が姿を現しました。
何年も使っているのに、埃を取っただけでこの美しさです。
埃を取るのは簡単でしたし、取ってしまえば本体はこんなにきれいなままだったのです。
それを知っただけで、余計な重荷が取れたかのように心が軽くなりました。
この辺りまで片付けて来ると、急に、家の中の空間を楽しみたくなってきました。
汚れを取らなきゃと、気にばかりしていた床でしたが、木の風合いを活かしたその床のナチュラルカラーがあたたかく感じられてきました。
窓から冬の日が斜めに差し込むと、つやつやと明るく光ります。
住む者を包みこんでくれているようです。
なんていい床があったのでしょう。
そう思って見ると、壁も、カーテンも、心地よい色合いで、ずっとそこに在り続けてくれていたのですね。とても安らげる空間です。
水道や電気が使いたいときに使えるのももちろん嬉しいこと。
茂り放題になって、ご近所に迷惑かなと心配な庭の木々も、実はほっとするプライベート空間を造ってくれています。
この茂みを目指してやってくる鳥達もいて、ハトやヒヨドリの安全なねぐらになっています。
飾ったまま忘れていた、いつか知人に戴いた装飾品、旅先で買ってきた置物、眺めると、魅力がまた伝わってきます。
こういった、一つ一つが蓄積されて、家ができているのですね。安心で楽しい場所がつくられていたのですね。
人生も同じ? あんな体験、こんな体験、ひとつひとつが充実したドラマでした。
一つの体験だけでも一生分の内容があったのではないかと思えるほど。そんな体験が、いくつもあったのです。
あんなこと、本当に体験してきたんだなあ。なんて豊かなんだろう。
こう感じるのが、豊かさを受け取るってことなのかなあ。
そして、お掃除や整理をして家の恵みを受け取っていく過程って、セラピーの過程と似ているなあ。
そんなことまで感じていました。
「家」は、自分の居場所といったらよいのでしょうか。
安心と豊かさを与えてくれる自分のためのオリジナルな場所でしょうか。
「家」を持っていられる幸せに感謝の気持ちが湧いてきました。
お掃除や整頓をしないで放っていた時には、「家」からいつも与えられている恵みに気付けなくなっていたのですね。
そして、お掃除や整頓は、いつも物言わず静かに恵みを与えてくれている「家」への感謝を伝える営みなのかもしれませんね。
今年は、「家」と仲良くして、「家」からの恵みを受け取って、楽しみたいなあと思いました。

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