●普通って何!?

「普通はこうだよね。」
「そうするのが普通でしょう?」
人との会話の中では、「普通」という言葉はとてもよく出てきますね。もちろん私もついつい使ってしまいます。
だけど、この言葉について、私はとても深く悩んだことがあります。
例えばチョコレート。私は大好きです。
同じように大好きな人はたくさんおられると思います。
だけど甘ったるさが嫌いという方も当然おられると思います。
だけど10人いて9人がチョコが好きな人だとすると、嫌いだと言う、その1人の人は、「めずらしい」「変わってる」又は「普通じゃない。」となってしまうと思うんです。
ようするに統計によるものだと思うんですよね。9対1で、1の人が除外されてしまうような感じだと思います。
私は子供の頃のいじめの体験がありますから、
・私は嫌われ者
・私は迷惑な人間
・私は生きる価値のない人間
と、そんなふうに思っていたので、「特別な存在になりたい」と思っていました。
もちろんいい意味で。だけど言われた言葉は
「変わってるね。」
「それって変。」
「普通じゃないよ。」
だったんです。
今は言われることがあったとしても全く苦にはなりませんが、あの頃はとても辛かったんです。
自分だけが人と違う変な子なんだと解釈していましたから。
私たちには皆それぞれが、生きていく環境や人との出会いで、いろんな価値観を持ちますよね。人に対しての価値観。モノに対しての価値観。
「人って優しくてあったかい。」と思う人もいれば、「人って裏切るし、信用できない。」と思う人もいます。
その人が持ってしまった価値観というものに、正解不正解はなく、その人がそう感じてしまうのならそれは真実だと思います。
だけど人と人ですからこころがありますので、その価値観に対して「理解できない」「理解したくない」と反発する気持ちも当然出てくると思うんです。
でもそれも悪いことじゃないと思いますし、無理やり理解しようと頑張っても、苦しくなる一方で、なかなかうまく行かないことの方が多いと思います。
「普通」というのもこれと同じことが言えると思っています。
9人はチョコレートが好き。
1人はチョコレートが嫌い。
好きには好きの理由がちゃんとあるし、嫌いには嫌いの理由が当然あると思うんです。
その理由はそれぞれで、理解されようがされまいが本人に変える意思がない限りは
変わることはないと思うんです。
ただこれを「絶対理解なんかしたくない!」と頑なに思ってしまうと、
自分が正しいと感じてしまうこともあると思うので、
「あなたが間違っている!」
と思ってしまいますよね。
日本人はよく多数決というものを使いますが、
多くの意見が「普通(正しい)」であって、少数意見は「普通じゃない(間違い)」と判断することもあるようです。
「普通」という言葉は悪い言葉だとは思いません。
「普通」=「一般的」=「多くは・・・」と私は解釈しています。
だけど、これを私自身昔は「比較」という解釈をしていました。
「普通」の人が正しく、「普通」でない人は間違っている。
変わってる人、嫌われてる人、変な人。
皆と比べると違う人。
だから私はおかしい子。
そんなふうに解釈をしていました。
だけど今は9対1ならば、出来るだけ多くの1の側の人の考えや意見、価値観を聞きたいと思っています。
そこには9人の人たちには考えられないような発想が隠されているのではないかとわくわくしてしまいます。
私のずっと持っていた「普通って何?」の答えは、
「普通」で生きるのも、皆と同じで共感し合えるから楽しい。
「普通じゃない」「変わってる」と言われて生きるのも、何かそこから新しい発見が出来そうで楽しい。
どっちを選んで生きるか、または時と場合により両方をうまく選んで生きるかという、「自分の生き方に関する考え方のひとつ」だと、今はそんなふうに思っています。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

アルコール依存症の父からの虐待経験、学生時代のいじめから、恋愛依存、不倫や風俗を経て、自分を抑え付けるような結婚生活後、8年で離婚。その後自分に向き合い、今は穏やかに生きる。 過去のあらゆる経験をもとにして、恋愛関係、家族関係を得意とし、お客様と共に成長するスタイルを取る。