親が頑張ると子供は罪悪感や劣等感をもつ?

私達は善意から、誰かに何かをしてあげたいと思うことがあります。
それは素晴らしいことであり、相手の方も喜んでくれることも多いです。

ですが、時には相手の方の状況やお気持ちによって、してあげたことによって、相手の劣等感や罪悪感を刺激してしまうこともあります。

「よかれと思って」「あなたのために」というのは、親が子供によく使ってしまう言葉ですが、そこに相手の気持ち、子供側の気持ちや状況を考慮する余裕がないことがあります。

善意からの行動であるだけに、子供に受け取ってもらえないと、とても悲しくなってしまうのですが、相手の状況や気持ちを確かめるというのは、例え親子であっても必要なことなのです。

やはり、人はそれぞれ違います。「私なら○○する」というのは、近い関係性の人にほど思ってしまいますが、例え親子でも違う価値観をもっているのです。
近い関係性の人ほど、きちんとコミュニケーションをとっていきたいですね。

◎リクエストを頂きました◎
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年末に娘が出産します。母親として、出産、育児に大変な娘のお手伝いをしたいと思っています。ところが、先日ある友人から「母がよくしてくれるほどに苦しかった」という話を聞きました。その方は仕事をしていますので、実のお母さんが、とても親身になって孫育てをしてくれたそうです。

近所の方からも「おばぁちゃんはほんまによくしてくれなぁ」と言われ、感謝しながらも「自分はなにもしてない」ような罪悪感を感じたそうです。

私も同じく実母や義母に子育てを手伝ってもらい、3人目になると、ほぼ任せきりにもしていましたが、彼女と同じように罪悪感を感じたときはありません。

近所の方に同じようにも言われましたが「近所の方も母たちの貢献を知ってくれている」とむしろ嬉しかったです。親に手伝ってほしくない。

頼まれたときだけしてほしい。という方もいます。
私からすると身勝手な人間に思えます。私は娘のために頑張りたいのですが、親が頑張ると子供は罪悪感や劣等感を感じるのでしょうか?
(一部、頂いた内容を編集させていただきました)
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リクエストありがとうございます。

今回、担当させていただく大門昌代です。どうぞ、よろしくお願いします。

誰かに何かをしてあげたいと思う時は、動機が重要になります。

何かをしてあげようとする人が、自分のために何かを得ようとしていないか?これが大切です。

大抵の場合、私たちは善意から、誰かに何かをしてあげようとします。
電車に乗っていて、ご年配の方が乗車してこられた。自分は座席に座っている。他に空いている席がない。
善意から席を譲ろうとします。

この時は、「立っておられるのは大変だろう。座れると楽だろうな」という善意で席を譲るのですが、その時の気持ちは100%でしょうか?

多くの人は、「喜んでもらいたい」という気持ちが多少はあるのではないかと思います。
それが悪いわけではありません。

私達には、誰かを喜ばせたいという気持ちがあります。

この「喜んでもらいたい」という気持ちに、「喜んでもらうことで、良い人になりたい」という気持ちが更に入り込んでくると、喜んでもらえなかったときに、相手を責める気持ちが生まれてしまいます。

「せっかく席を譲ったのに」という感じです。

でも、「喜んでもらいたい」という気持ちだけであった場合は、お断りされたとしても、残念な気持ちにはなりますが、相手を責める気持ちは出てきません。

私達は何かをするときに、様々な動機をもちます。
席を譲るお話しだと、「社会人だから席を譲るべきである」という観念も動機の一つになります。

この「べきである」というのは、少々やっかいな観念であり、自分と同じ考え方でない人に対して「常識がない」と思ってしまいます。

ご年配の方に席を譲るべきというのは、社会常識なのかもしれません。
でも、席に座っておられる方の中には、体調不良の方もいらっしゃるかもしれませんし、見た目にはわからなくても、怪我をしておられる方もいらっしゃるかもしれません。

妊婦さんだっていらっしゃるでしょうし、疲れ切って何とか座席に座ろうと、電車を一本遅らせた人もいるかもしれません。

恥ずかしすぎて、席を譲る勇気が持てない人だっています。

それぞれが事情を持っています。

でも、「席を譲るべきである」と強い観念を持っている人からすると、席を譲らない人達が身勝手な人に感じてしまうことがあるのです。

「それぞれ、事情があるよね」と余裕をもって見られないのです。

さて、親に子育てを手伝ってもらうことで、子どもが罪悪感や劣等感をもつのか?ということについてですが、これは一概には言えません。

席を譲る、譲られるという話しで考えていただけるとわかりやすいかと思うのですが、「どうぞ」と席を譲られたご年配の方が、「私を年寄扱いするな」と怒ったというお話を聞いたことはないでしょうか?(もちろんすべての方が、そうおっしゃるわけではありません)

席を譲られる側の人が、「お年寄り」ということに関して、あまり良い印象を持っておらず、自分が年齢を重ねていることに罪悪感や劣等感ももっておられると、こういった反応をされることがあるのです。

そういった反応をされる方が悪いわけではありません。
そこに罪悪感や劣等感をもっているというだけです。

「いつまでも若々しくいたい。年下の者たちに迷惑をかけたくない」と思っておられる方もいますし、それぞれの事情というのが、やはりここにもあるのです。

母親だから、子育てを手伝うのが常識なわけではありません。

「手伝ってあげたい。少しでも力になってあげたい」という善意から行動されるのであれば、なんら問題はありません。
でも、ここで聞いてみてもいいかもしれませんね。
「お母さんのお友達に、こういう人がいるのだけれど、あなたはどう?お母さんは、色々と手伝ってあげたいと思っているのだけれど、あなたの気持ちを優先したいの」

聞いてみることで、娘さんの気持ちや状態を確認することができます。

ちなみに、これは一般的にこういうことが多いというお話しですが、何でもできるスーパーお母さんに対して、「私はあんなふうにはできない」と劣等感をもつ娘さんは多いようです。

また、普段からあまり楽しそうに、幸せそうに見えないお母さんに、更に何かを手伝ってもらったりすると、苦労させているようで罪悪感をもつことも多いです。

人それぞれですので、親子と言えども、大人同士ですので、相手の状況や気持ちを聞いてみるのが一番だと思います。

また、自分自身の行動動機を改めて考えてみるのもおすすめです。

簡単ですけれど、参考になりましたら幸いです。

ありがとうございました。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大門 昌代

恋愛や結婚、浮気や離婚など男女関係、対人関係やビジネス関係、家族関係や子育て、子供の反抗期、子離れ、親離れ問題など幅広いジャンルを得意とし、お客様からの支持が厚い。 女性ならではの視点と優しさ、母としての厳しさと懐の深さのあるカウンセリングが好評である。PHP研究所より2冊出版。