自己承認の心理学〜自分を認めることにチャレンジしてみよう〜

自分を褒めることができると、自信がついていき、自信がついていくとそれに応じた振る舞いに反映されます。

 

◎リクエストを頂きました◎
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誉める事について書いて欲しいです。私は自分を誉める事ができません。
正確にいうと自分を誉めてもその事で嬉しさや幸せを感じた事がありません。
なかなか理解してもらえないのですが、私には24時間毎日ずっと頭痛があって、
こう思おうとか、えらいねとか誉めても痛すぎて嬉しさを感じないのかなと感じています。
体調は自分にしかわからないので、今まで頭と心は違うからと言われてとても傷ついた事があります。
別に誉めれなければそれでもいいです。
ただ、もしできたらもっともっと楽に生きれる気がして今回リクエストしました。
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自分で自分を褒めること=自分を認めることは、自分が成長していく上でも、何かの望みをかなえていく上でも、人間関係を形作っていく上でもとても大切なことです。

私たちの振る舞いには、物事の見方・捉え方や考え方が大きく影響します。

自分を褒めることができると、自信がついていき、自信がついていくとそれに応じた振る舞いに反映されます。

ちょっと考えてみて欲しいのですが、全く自信がないようなカウンセラーに自分のことを相談するでしょうか?
全く自信がないような医者に自分の健康や病気の治療を任せられるでしょうか?
全く自信がないような店員の勧めに従って洋服を買うでしょうか?
私たちは、あらゆる場面でその人が信頼に足る人かどうかを見極め、状況に対応しようとするのです。
ここで、その見極めが正しいかどうかは別の問題として横に置きますが。

自信を持つことを阻害している要因はいくつかありますが、代表的なものとしては、

(1)自分に期待するハードルが高い
(2)自分を責めることが常態化している
(3)生じたネガティブなできごとを自分のせいと受け止める傾向がある

です。

(1)は、理想の自分との競争で、それが達成できていないことを駄目な自分と考える傾向です。

外国語の翻訳で生活をしているのに、それは横に置いてしまって同時通訳ができない自分は駄目だとか、セールスの成績がいつも2番で1番に慣れない自分は駄目だといったような感じですね。

ご本人はそこで、とてつもなく大きな“駄目な自分”を感じて深刻になるのですが、客観的にみてみると、いかがでしょうか。必ずしも“駄目な自分”を感じるような状況ではないように思います。
心理学的にみれば、そこには奥深い理由がここの状況に応じて考えられるのですが、何れにしても“駄目な自分”を感じることを使って自分を許さない状況に追い込んでいることに間違いはありません。

 

(2)は、心の癖で、起こった出来事に対して常に“よい”“悪い”の2つの判断基準を用いることが常態化しているものです。

私たちは子供の頃、躾をされます。

これは、人間として社会生活を送る上で必要なプロセスだと思いますが、その時に多く用いられるのが“よい”“悪い”の基準です。

列車の中ではおとなしくしないと“悪い子”、おとなしくしていると“いい子”、親の言うことを聞く子は“いい子”、親の言うことを聞かないのは“悪い子”といった塩梅です。

子供は親から教わったこの価値観、世界観を持って大きくなりますが、成長すると、世の中は“よい”“悪い”に必ずしも単純に当てはまらないことが多く存在することを学びます。

しかし、ついついかつての価値判断の“よい”“悪い”という判断基準を適用し、あたかも自分が裁判官にでもなったようにジャッジをします。

自分自身のことについてもついついそうしてしまうのです。そうなるに至った事情は考慮しないのです。

この捉え方、考え方を用いると、人間は自分に厳しい生き物ですから、自分を責めることが常態化してしまうのです。

 

(3)は、問題の原因を常に自分のせいだと引き受けてしまう状態です。

例えば、誰かともめごとが起こった時には「私が悪い」と感じてしまいます。あるいはそれを否定するために「私は絶対に悪くない」と主張したくなります。

もめごとの原因は、往々にして双方に何らかの問題があり、それが相互作用を起して膨らんでいきます。

カウンセリングでよくある例としてご主人の浮気問題がありますが、「人はそうするにはわけがある」という捉え方をすると、ご主人が浮気をしてしまう“わけ”もそこには存在することが多いものです。ご夫婦相互の問題が相互作用を生じ、くすぶっていた問題が顕在化していくのです。

問題が生じたときに、そこに深刻さを持ち込むのではなく、客観的に「私の問題はこの部分」「相手の問題はこの部分」だからこうなった、というように考えられることが必要ですね。“問題の線引き”ができる習慣をつけることが必要です。

そして、私は自分の問題部分を改善していけばいいわけです。

このような状態の時、私はカウンセリングで「郵便ポストが赤いのは誰のせい?」とよく訊きますが、あたかも「郵便ポストが赤いのは私のせい」といった捉え方をしてしまいがちになります。でも、そうではありませんよね。

自己承認をしていく時に問題として出てくるのが“抵抗”です。

この抵抗は慣れれば緩和できますが、最初は様々な感情や思考、場合によっては身体反応が生じます。

“こんな自分を認めてしまったら、今まで頑張ってきたことが水の泡になる”“こんな自分を認めてしまったら誰かから笑われる”“こんなレベルの低い状態で認めてしまったら自分はもう努力をしない”“こんなレベルの低い状態で認めてしまったら人に負けてしまう”といった思いや恥ずかしさが抵抗として現れます。

今までしてこなかったことをするのですから、様々な抵抗は現れて当然です。

しかし、ここを乗り越えるぞと決意して進むことができると、これらの思考や感情は薄れていくのです。なぜならば、人間は慣れる生き物だからです。そして心配したことは杞憂に終わるのです。

ところで、リクエストに書かれている頭痛の問題ですが、心と身体は密接につながっているので心理的抵抗は様々な体の部分に色々な形で現れます。

胃が痛くなったり、下痢をしたり、失神ができたり、そして頭痛という形で現れることもよくあることです。

心と体のつながりの1例を挙げると、怖い目にあった時には心臓がドキドキしたり、足が勝手にガタガタ震えたりということが生じますね。これも心と体のつながりなのです。

病気が疑われる場合には医師に相談する事が必要ですが、心理的な側面からの反応と思われる場合には、焦らず、徐々に慣らしていく“減感作”という方法を取られるといいと思います。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。