素の自分

先日、とあるボランティア仲間と集まることがありました。
ボランティア活動をするには、年齢も性別も職業も立場も
関係なく「何者でもない自分」でいることが必要だったりします。
自己紹介では名前だけ名乗ります。
職業や家族構成など、自分の周りについては敢えて語りません。
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その日、「なぜこのボランティアを続けているのか?」
という問いについて仲間同士で意見を共有しました。
その問いに対して、私はこう話しました。
「職場の人でもない、家族でもない、友達でもない、
敢えて知らない人同士と会うとホッとするんです。

すると、こんな返しがきました。
「その”ホッとする感覚”って何なんでしょう?」
ホッとする感覚ってことは安心してるってことだよなぁと
考えながら、また語りました。
「仕事ではないから、それほど責任を負わなくていい
ということもあるでしょうし、お互いにお互いをよく知らなくても
声をかけてくれたり声をかけたりすることが安心なんでしょうか…
敢えて自分のことを言わないでいられる、というのも
好きなんですよね。」
今度はまた別の人からもこんな話がありました。
「それってきっと、職場の顔でもなく、家族の顔でもなく、
素の自分でいられるのがいいんでしょうね。」
うんうん、なるほど~!これが素の自分でいられる場所なのか。
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『何者でもない素の自分』という一面が私にもあり、
その居場所を求めていたのかもしれないなぁと感じる瞬間でした。
それにしても不思議なものですね。
ボランティア活動を通して、素の自分を大切にしているって
何がどうしてこうなっているのでしょう。
私たちは社会生活の中でいろんな仮面をつけているといわれています。
職場では上司・部下という立場、肩書、職種、
家では母・父の立場、妻・夫、嫁・婿、
近所では〇〇さんの奥様、〇〇ちゃんのママ、〇〇の仕事の人、
などなど。
さて、あなたはいったい「何者」になっているのでしょうか。
そこに「素の自分」の居場所はあるでしょうか。
『何者でもない素の自分』を一番大切にしてあげられたら
ホッとできる時間や場所がもっと増えるかもしれませんね。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

仁和 智美

仕事、恋愛、対人関係、対人援助職の悩み、メンタルヘルス・精神障がい・アイデンティティなど、生きにくさを感じる方へのサポートを得意とする。その人らしい人生を送ることができるよう、個性を大切にしたカウンセリングを提供している。 圧倒的な安心感と芯の通った人柄で信頼感があると定評がある。