「愛おしい我が子」”悲しみが喜びに変わった日”

私には二人の子供がいます。
実は、私のもとにやってきた、子供がもう一人いました。
でもその子は、この世に生まれてくることは、ありませんでした。
その子は稽留流産でした。
稽留流産とは、赤ちゃんの心拍が、確認できない状態や、胎嚢(赤ちゃんのお部屋)が確認出来ない状態です。
私の場合は、赤ちゃんの心拍が確認できない状態でした。
私の元にやってきた子供を、無事に産んであげることも、お腹の中で育てることも出来なかった私は、散々自分を責めまくりました。
旦那さんの支えがなかったら、私自身どうなっていたかさえ、わからないほど自分を責めていました。
しかしこの最初の子供が、今の私の長女を、私のお腹の中で救ってくれる、ことになったのです。
ほどなくして、また私達夫婦は、子供を授かることが出来ました。
しかし、今度は切迫流産で、入院です。
握り拳ほどの出血が、毎日のように続き、私はいつ退院できるのか、無事子供は育つのか、気が狂うほどの、不安の日々でしたが、何とか2か月で退院出来ました。
退院はしたものの、出産近くまで、出血は続き不安は、ずっと私に付き纏い続けました。
検診に行くたびに、子供の心拍が聞こえ無事に成長している、それだけが私の心の支えでした。
そして何とか出産までたどりつくことが出来ました。
3週間早く私の元に、長女はやってきてくれました。
でも出産してからも私の出血は収まらず、さすがに身体に異変があるのではないのかと、思い病院に行きました。
内診をしたら、胎盤がまだ少し残っているとのことでした。
胎盤とは、子宮の壁にでき、へその緒と赤ちゃんを、繋ぐ役目のあるものです。
一人目の子供を稽留流産し、その手術で出来た子宮の傷跡に、胎盤が癒着していたからとのことでした。
胎盤が子宮に癒着している状態だったから、どんなに出血しても、子供が私のお腹の中にいてくれていた、流産をせずに済んだ理由が、この時わかったのです。
これも生命力なのでしょうか?
この時、私は神様って、本当にいるのねと思いました。
そしてこんな偶然いや、必然かもしれませんが、不思議な体験を通して、最初に私の元にやってきた、我が子に対する愛おしさが更にこみあげてきました。
例え生まれてくることはなくとも、私の元にやってきてくれた命には、変わりありません。無事に産んであげることも、育てることも出来なかったのも事実です。
でもその子供が、私の次の子供を救って、この世に送りだしてくれた、それも事実です。
そう思うと、産んで育ててあげれなかった悲しさよりも、子供を愛おしく思う気持ちの方が、強くなりました。
人は悲しみの暗闇に入り込んでしまうと、なかなか暗闇から出てくる事は、難しいかもしれません。
でもその暗闇の中にも、光輝く何かが、あるように私は、思います。
私が、最初に私の元にやってきた我が子を、無事に産んで育ててあげられなかったと、悲しみに沈んでいる時は、その子供は、私を傷つけ悲しませる存在に、なってしまっています。
でもその子のおかげで、長女が無事に生まれてくる事ができたと、最初に私の元にやってきた子供に、感謝できた時には、その子供の存在は、私を傷つける存在ではなくなり、私に喜びを感じさせてくれる存在になる、私はそう思います。
私が最初に私の元にやってきた子供を、私の喜びの存在に思うことは、自分の存在を承認して貰え、とても嬉しいのではないかと、私は思います。
皆さんも、悲しい出来事や、傷ついた出来事で、誰かを自分を傷つけてしまう人にするのではなく、誰かを喜びの存在に変えられる、そんなものの見方ができると、幸せを感じる心が増えていくのではないでしょうか?
最後までお読みくださりありがとうございました。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

高塚 早苗

恋愛、人間関係全般のカウンセリングを得意とし、安心感と受容をクライアントに常に提供し、何でも話せると好評。より楽に心が軽くなるカウンセリング。感受性が高くクライアント本来の輝きを導き出すことも得意。カウンセリング信条は「諦めなければ願いは必ず叶う」である。