母からの愛

母が癌とわかったのは、二年近く前になります。
父からの電話で私は、母の病気を知りました。
その当時私は、離婚し一人で生活をしており、自分自身を立て直すことで、精いっぱいでした。
自分の気持ちに、余裕が全くなく、両親にたいしては、遅れてきた反抗期真っ盛りで、私は両親とは連絡を、絶っている、そのような状態でした。
そんな私に対して、両親は心配、憤りもあったことでしょう、しかし両親から私への、連絡は殆どありませんでした。
その中での父からの電話は、母の癌発覚のものでした。
父からの電話を切った後の、私の恐怖を感じた心は、昨日のことのように覚えています。
母の癌の知らせは、実家から遠ざかっていた私が、実家に戻るきっかけとなりました。
それほど、母の病気は私にとって、大きな出来事でした。
母の病気は決して、私には良い知らせではありませんでした。
しかし私が実家に、帰るきっかけを、私に勇気を、いやチャンスを神様がくれたように感じました。
もしかしたら、母が私に与えてくれた、愛だったのかもしれません。
母は、久しぶりにあった私を、いつものように「お帰り」と迎えてくれました。
そして1年前の、2回目の癌発覚の知らせは、母親からでした。
ちょうど私と旦那さんが、復縁しようかと話が出ていたときです。
その時の私は、母からの電話に、物凄く怒っていました。
母が私に言った言葉、、、
「一人にしないでくれ、早苗しかいなんだよ。。。」
とっても重たくて嫌な気持ちでしたね。
「私はあなたの旦那じゃないんだよ、お父さんに甘えて!」
と電話口で激怒したことを覚えています。
母に暴言を吐いた自分ですが、不思議と母に対する罪の意識は、ありませんでした。
それよりも、やっと口に出して、母に本音を言えた、という気持ちの方が大きかったです。
人は信頼しているからこそ、本音が言えるのではないでしょうか?
受け止めてもらえる、安心感があるからこそ、本音を言えるのかもしれませんね。
私は、母に本音を言えたということは、母が私を受け止めてくれた気持ちが、心の奥底であったのかもしれません。
そして3回目の癌発覚は昨年末でした。
2回目の癌発覚の時に、母に本音を言えるようになってから、私の癒しは促進されていきました。
母に本音を言えた気持ちが、私の癒しの促進に、なっていたのかもしれません。
久しぶりにあった母から「こんなになるまで自分をほっておいて」なんて言われても、母は寂しいだけなんだなと、思える自分がいました。
あれほど、嫌悪していた母の、攻撃を受け入れることができるなんて、人として成熟した、自分にびっくりでした。
年明けに祖母の1周忌がありました。
実家に親戚の人たちが集まって、お茶を飲んだりします。
私が実家についてみると、近所の方々が、親戚の人にお茶を、出してくれていたんです。
病気の母の代わりにと、母が大変だろうという、思いから近所の方が手伝いに来てくれていました。
 
話を聞くと、近所の両親の友達が、毎日のように両親の元に、お茶を飲みに、来ていることがわかりました。
そして、家事が大変だろうと、ちょっとしたおかずも毎日のように、両親に誰かが、届けてくれていたのでした。
そして、そのような友人がいる両親を、私は心から嬉しく思い、幸せを感じたんです。
「あーこの両親の元に生まれてよかった。こんなにも周りから愛されている両親で良かった。そして私はその娘で良かった。」
そして今まで、母が私にしてくれた数々の出来事が、思い浮かびました。
今まで当たり前に感じていたことが、当たり前ではなく母への感謝の気持ちになりました。
母の一日は、家族の中で、朝一番に起きて、私達家族のための朝食作りから始まっていました。
そして掃除、洗濯をしてフルタイムの仕事に出勤していきます。
そんな忙しい中、学校の行事にも、必ず参加してくれていました。
私の運動会の時は、私の大好きな太巻きを、母はいつも作ってくれました。
太巻きの話を、職場の同僚にすると「うちの母は、太巻きは一度も作ってくれなかったよ、優しいお母さんだね」なんて言われました。
寒い朝、アツアツのお味噌汁を、いつも作ってくれていました。
そのお味噌汁は、体だけでなく、心まで温かくなるものでした。
特に、豆腐に刻んだ長ネギを、さっと入れたお味噌汁は、ネギの香りとともに、とっても美味しかったですよ。
そして最近母に、電話をよく私がかけますが、「無理しないように」と常に気遣ってくれます。
病気で辛いのは母なのに、娘の私を気遣ってくれる、私は、物凄く心が温かくなります。
母はとっても、愛情深くて、優しい女性なんだなと思いました。
母は3月9日に永眠しました。
眠るような最期で、自宅に帰ってきた、母の顔は今にも起きそうな、穏やかな顔をしています。
母の人生を振り返り、母が幸せな人生であるかを、決めるのは母ですが、母の娘で良かったと思えることを、判断するのは私です。
私は今、母の娘でほんとに幸せだなと心から思えます。
「おかあちゃんの娘で良かった、私は幸せだよ!」
私にとって、母の病気は、母からの愛を、溢れるほどの愛を、与えてもらえるものになりました。
物理的に母と話をすることは、出来ませんが、姿はなくとも私のすぐそばに、母がいるような、見守ってくれているような気がします。
つながりや、愛とはそういう事なのかもしれませんね。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

高塚 早苗

恋愛、人間関係全般のカウンセリングを得意とし、安心感と受容をクライアントに常に提供し、何でも話せると好評。より楽に心が軽くなるカウンセリング。感受性が高くクライアント本来の輝きを導き出すことも得意。カウンセリング信条は「諦めなければ願いは必ず叶う」である。