恩師に叱られた話

私は今、関東に住んでいますが、18歳までは関西の田舎で育ちました。
古くからの習慣や仕来たりが色濃く残る町。
物心がついた頃から思っていたことは、『早くこの狭い田舎を飛び出して自由になりたい』ということ。
両親に厳しく育てられたこともあり、小さい頃から鳥かごに入れられているような感覚がありました。
それでも小学生の頃なんかは、とても真面目に過ごしていました。
唯一、『絵』を描くことが大好きでした。
絵の中ではいつも自由に自分を表現できたし、誰にも怒られない。
のびのびと絵を描いている内に上達していき、高校は美術科のあるところへ進学しました。
その高校は、国立の美大に今年は何名輩出した、と言っている結構な進学校でした。
両親も私がその学校に入れたことを喜んでいましたし、私も合格した時は嬉しかったのですが、入学してみると周りのレベルの高さに愕然…。
しかも夏休み・冬休み返上でデッサンの授業があったり、強制的に塾に通わされたり(笑)
だんだん大好きだった絵が描けなくなってきて、ある日一本の糸が切れたようにサボるようになりました。
夜中に家を抜け出して遊ぶようになり、絵の世界からどんどん遠ざかっていったのです。
先生や両親から何度も激怒されましたが、それでももう絵を描きたいと思わなくなっていました。
逆に怒られれば怒られるほど、夜遊びや家出を繰り返すようになりました。
『誰にもわかってもらえない』
そんな孤独感が蔓延していたように思います。
そんな中、今も恩師だと思っている、当時40代くらいだった男性のある先生とは2人でよく話しをしました。
課題をサボっても怒らず、自主性を大事にしてくれていた先生。
群れることなく、いつも飄々としていて変わった先生。
心理学にとっても詳しくて、私はその先生の話にのめり込んでいきました。
そのときに投影とか意識・無意識とか、心理学を教えてもらったのですが、『人の心って何て面白いんだ!』と感じました。
私が何故夜遊びをするのか、絵から遠ざかってしまうのか、先生が分析し教えてくれたりして、自分の心のことについて考えることが増えました。
そんな優しくて面白いちょっと変わった先生だったのですが、1度だけ本気で怒られたことがあります。
それは髪を染めることでもなく、スカートを短くすることでもなく、夜遊びをすることでもなく、
『カッターマットを机に敷かなかったこと。』
ある日の授業で、カッターを使って物を作る作業をしていたのですが、私は机にカッターマットを敷かずに作業をしていたのです。
それを見つけた先生が、いきなりみんなの前で、
「マットを使用していない人がいるけれど、これから多くの人が使う机を傷つけることはやめなさい!それは、自分のことを大事にしていないから物を傷つけるんだ。」
と言ったのです。
そう言われたとき反射的に言い返そうかと思いましたが、何故か胸の中が熱くなったことを覚えています。
何だか初めて『愛情をもって私のことを叱ってくれたのかもしれない』と思えました。
先生が伝えたかったこと。
『もっと自分のことを大事に扱ってほしい』
そんなメッセージのように聴こえました。
投影の法則は、自分の心の状態や思考パターンを無意識のうちに他人や物に映し出すという考え方です。
無意識的に机を傷つける行為をする=自分を傷つける行為をしている、ということ。
先生はそれが言いたかったんだな、と理解ができました。
それから、自分は一体これからどうしたいのかを考えるようになり、服飾のデザインの道に進んだのです。
あれから随分時が立ち、私は今、カウンセラーをしています。
あの恩師が心理学のことを私に教えてくれなければ、今の私はなかった。
愛情から叱るということはどういうものか、私に教えてくれた恩師。
今でもとても尊敬しています。
今度地元に帰ったら会いに行こうかな。
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2件のコメント

  1. カッターマット、使ってなかったなぁ。物を粗末に扱うこと、物心ついたときからずーっとしてました。
    ランドセルは一年生の終わりにはぼろぼろにしてたし、わざとカッターで切ってたなぁ。
    自分を大切にしてないって響きました。
    せっかくこれ見たんだから、今からでも大切にしたい。身の回りの物を。
    娘も自分を大切に出来るように
    育ってくれたら嬉しいな

  2. かまさんへ
    かまさん、コメントをありがとうございました。
    少しずつで大丈夫ですから、身の回りの物から大事にしていければ良いですね。
    かまさんが自分のことをもっと大切にできるキッカケとなりますように(*´`*)
    かまさんと娘さんのこと、心の中で応援していますね。