通学路とイチョウの木

私の実家は、自宅から、車で1時間のところにあります。
こどもを預かってもらうことも多いので、週末になると、ちょくちょく行くのですが、いつもの道が、やけに渋滞していたことがありました。
あと5分くらいで、実家に着く辺りだったのですが、この状態では、ずいぶん時間が掛かりそうでした。
実家の近くですから、道はよくわかります。
細い脇道へ入ることにしました。
ちょうどその辺りは、母校の中学校があり、歩いて通ったり、友人のところへ自転車で遊びに行ったり、髪を切りに行っていた店や、お菓子を買ったりした店がありました。
ですから、本当によく知っているところでした。
でも、思えば、もう何十年も通ったことのない道でした。
「懐かしい道だなぁ。どんなふうになってるんだろう。」
と、ちょっとわくわくして、脇道へ入って行ってみたのです。
昔は、田んぼばかりで、広く見通しのよいところでしたが、駅や学校に近いので、新しい家がたくさん建っていました。
それでも、まだ田んぼは多く、のんびりした風景には、変わりありませんでした。
通学路になっていた道に沿って、走ってみました。
1回右折したのですが、道がこんなに狭かったのかと驚きました。
中学生の私には、そんな小道には、見えませんでした。
でも、今通ると、車が、やっとすれ違うくらい。小さな脇道が多いので、あまり速く走ることもできません。
途中、同級生の家がありました。
母から、同級生のご両親と、何かの行事で会ったとか、買い物で見かけたなんて話しは、時々聞いていましたが、私が、同級生に会うことも、ご両親にお会いすることも、この道を通らなかった月日と同じくらい、ありませんでした。
でも、手入れされた垣根や、人の気配のするお家を見ると、ああ、お元気なんだなと、ほっと嬉しくなりました。
小さな通学路は、昔からの道で、昔のままでした。
小さなアップダウンがあったり、蛇行したようなところがあったり。
歩いて通った道なので、細かいところまで、結構覚えているものです。
でも、あまりにも、狭くて、小さく見えるこの道。
車で通っているからだけでなく、私が大きくなってるんだろうな、なんて思っているうちに、まもなく、実家に着きました。
ぐっすりと眠っていたこどもたちを起こすと、
「おじいちゃーん」
「おばあちゃーん」
と、玄関に飛び込んで行きました。
車で、大きな道路ばかり走るようになったけれど、たまには、懐かしい小道を、今度は、こどもたちと、お散歩してみようかしらと思いました。
そうそう、友人の娘さんは、この道を歩いて、母校の中学校へ通っていました。
当時からあった、ブラスバンド部に入って、忙しくしているみたい。
私は、剣道部だったんだよって言ったら、今、女子部員が少ないみたいって、教えてくれました。
秋になると、空まで見上げるイチョウの葉が、これでもかと散って、辺りは真っ黄色になったものでした。
銀杏が落ちる頃になると、みんなで、鼻をつまんで、部活をやっていた体育館への渡り廊下を走り抜けたことが、思い出されました。
今も、あのイチョウの木はあるのかな。
今度、娘さんに聞いてみようと思います。
自分の成長というのは、なかなか自分では測りにくいもの。
気づくことさえも、難しいものかもしれませんね。
だって、みんな、
「成長したい」
「成長しなくちゃ」
と思っていますから、
そんなふうに、上を見ている時は、
なかなか、その目指している姿には、届かないと感じてしまいます。
自分に向ける目というのは、つい厳しくなるものです。
そんなふうに、大人になっていく時、
成長を感じられないまま、日々過ごしている時。
感じられないから、成長していないわけではありません。
ちゃんと、大小の経験を積み、成熟していきます。
みなさんの通学路は、今、どんなふうになっていますか。
最近、行ったことがありますか。
もし、機会があったら、是非行ってみてください。
あの日、ここを歩いた自分が、とても小さくて幼かったことがわかるでしょう。
そして同時に、自分が、少しは成長したなと、感じることができると思いますよ。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

「自分らしく自分の人生を生きることに、もっとこだわってもいい。好きなことをもっとたくさんして、もっと幸せになっていい。」 そんな想いから恋愛・夫婦関係などのパートナーシッップを始め、職場、ママ友などの人間関係、子育てに関する問題など、経験に基づいたカウンセリングを提供している。