●木村家、赤ちゃんとトマトに育てられて少し大人になる。

木村家には、今、我ら夫婦を虜にするものが2つあります。
まずは、奥さんのおなかにやってきた赤ちゃん。
少しずつおなかが大きくなってきました。
お風呂に入っている時と寝る前に、奥さんのおなかをなでくりまわしながら「起きてるの~?」「今何してるの~?」と様子をうかがうのが日課となっています。
もちろん当然のことながら、聞いてみても何の返事も返ってきません(笑)
それでも懲りずに毎日なでくりまわしながら、「パパでしゅよー♪」と、自身の存在をアピールし、「元気でしゅか~?」と、返事の返ってこない問いかけを繰り返しています。
そしてもう一つ、我ら夫婦を虜にしているのが、ベランダで栽培しているトマト。
奥さんは緑が好きで、前からベランダでハーブなどを育てていたのですが、僕は奥さんほど興味がなく、「生えてるな」「咲いてるな」程度しか気に留めることはありませんでした。
ところが、この夏初挑戦のトマトに、ガッツリとハートを鷲掴みにされてしまったのです。
初めは、言われるままに土を耕して肥料を混ぜ、そこに苗を植えただけで、特別なる思い入れは全くといっていいほど無かったのです。
せいぜい「売っているトマトを買ってくるのと、苗やら肥料やらを買って育てる手間とを考えると、どちらが安くつくのだろう?」程度でした。
ところが、そのトマトの苗が、朝見た時と夕方見た時で大きさが違うくらい、それはもうグングン育っていくんですね。
そのうちに花をつけ、小さな小さな実を付ける頃には、朝起きた時には「元気かな?」と様子を見に行き、昼は「元気に育っているかな?」と思いを巡らせ、夜には「こんなに大きくなったのかー!」と感激するほどに情が移り、「トマ吉(とまきち)」という名前を付けるほどのかわいがりようです。
元々緑が好きな奥さんは僕以上の入れ込み様で、少しでも時間があれば、トマ吉の側で目を細めてトマ吉を眺めています。
トマ吉だけでは寂しいだろうからと、レタスのレタ吉の栽培も始めました。
僕のごはんを炊くのを忘れることはあっても、トマ吉に水をやるのを忘れたことはありません。
夫婦そろって、トマトの鉢に向かって「トマ吉ー」と呼びかけています。
トマトの実に向かって「甘~くな~れ~」と語りかけています。
もちろん当然のことながら、何の返事も返ってきません(笑)

おなかの赤ちゃんもベランダのトマトも、我ら夫婦に何かをしてくれるわけではありません。
それでも、愛しいのです。
話しかけても、返事は返ってきません。
それでも、かわいいのです。
もちろん、何かしてほしいわけでもなければ、返事が欲しいわけでもありません。
求めていることをあえて言うならば、存在してくれることと、元気に育ってくれること。
これだけで、我ら夫婦は満たされています。
夫婦の間では、やってほしいことや欲しい返事がもらえないと腹が立ちますが(笑)、赤ちゃんやトマ吉に対しては腹が立ちません。
そこには、依存と期待がないからなんでしょうね。
与えることに徹する、しかも、それを苦痛なくできる。
相手が受け取っているのかどうかが関係なくなる。
存在していてもらいたいものがただ存在していてくれるだけで、こんなにも喜べる。
我ら夫婦は、赤ちゃんとトマ吉のおかげで、少し大人になれたようです。
どうやら、育ててもらっているのは、我ら夫婦の方のようですね(笑)
依存と期待を手放すことで感じられる新たな世界を垣間見せてくれている、赤ちゃんとトマ吉に感謝感謝です。
元気に育ってくれてありがとね!

この記事を書いたカウンセラー

About Author

退会しました。

1件のコメント

  1. 江川 由理 on

    赤ちゃんがやってきたんですね!
    おめでとうございます☆☆☆☆☆