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   <title>心理カウンセラーのコラム。</title>
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   <updated>2012-05-14T15:00:07Z</updated>
   <subtitle>カウンセリングサービスで活躍する、心理カウンセラーからのコラム。
心がホッとしたり、ハッとインスピレーションをもらえたり、じわっと胸が熱くなったり、カウンセラーの“経験”、”感じ方”、”視点”をぜひ味わってください。</subtitle>
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   <title>自分滅亡が救われる時</title>
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   <published>2012-05-14T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-05-14T15:00:07Z</updated>
   
   <summary>みなさんは、自分の滅亡を願ったことがありますか？ 私は、有ります。（キッパリ！）...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="吉村ひろえ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[みなさんは、自分の滅亡を願ったことがありますか？
私は、有ります。（キッパリ！）
さらに言うと、腹立ちまぎれに　『地球まるごと吹っ飛べばいいさ！！』　と地球滅亡まで思ったことがあります。
『地球平和を願う』のが、人としての正しい在り方ではあると思うのですが人間、ヤサぐれている時はトンデモナイことを思うようです。

離婚した元夫とグチャグチャに揉めに揉めていた、４年程前。

人って不思議です。
当時元夫の浮気というのか、本気というのか、の　【これはどんな言い訳も誤魔化しも効かないだろう】　という証拠を目にしたとき、意外にも　『あぁ、やっぱり・・・』　という思いがほんの一瞬頭の中をよぎり、なぜか　『さぁっ！夕ごはんの用意しよう』　と台所に向かいました。
とても冷静で、怒りも悲しみも何も感じず自分でもそんな自分が不思議でした。
あまりの冷静さに自分でも　「あれ？おかしいな」　と思ったほどです
人はあまりにショックなことが起こると、感情を感じなくさせます。
一種の自己防衛機能のスイッチが自動的にONになるのですね。

しかし、しばらくすると強烈な怒りを感じ始めました。
『信じていたのに、裏切られた！』　『私はまじめに生活しているのに』　『私の人生返して！』　『あんたなんてこの世からいなくなればいい！！』　『ええいもう、何もかも面倒臭いから、地球もろとも吹っ飛んでしまえばいい！！』
それはそれは、激怒というか、激昂です。
モチロン、私がそう思ったからといって起きたことは消せないし、私の過ぎ去った人生が帰ってくるわけでは無いし、ましてや地球を吹き飛ばす力など持ち合わせているわけではありません。
けれど、それほどの怒りが込み上げてきたのです。

あまりの腹立たしさに、そんな自分をどう扱っていいのかわかりません。
『子供の前ではなるべく平静を保たなければ』　と思うので怒りを抑圧しようとします。
けれど、怒りを抑えようとすればするほど行き場を無くすので、よけいにイライラしたり時には爆発したりします。
そして、そんな自分に自己嫌悪し、負のループにはまり込んでゆきます。
周りを責めたり、自分がもっと出来た人間だったらこうはなっていなかったのではないか？と、他者にも自分にも攻撃的になっていました。

それでも、『なんとか前向きに生きなければ。私が居ないと子供たちが困るし、悲しむ』　と、無理やり元気になろうとするのですがやがて、怒りも悲しさも惨めさも屈辱も、生きてゆく意味や人生の素晴らしさや感謝や許しも、何もかもがどうでもよくなってただ、『疲れた。もう、私は消えて無くなりたい』　と虚ろな心で思うようになりました。

その頃の私は生きているだけでも必死で、感情を殺しながら日々の仕事をこなすのに精一杯でした。
“しなければならないこと”　は生活の中でたくさん有り、なにがあってもやり通さねば！と思っていたのです。
しかし、“しなければならないこと”　をこなすのは苦痛で　『自分という人間は元から存在して無かったかのようにフッと消えてしまえたらいいのに。そしたら誰の記憶にも残らないし誰も悲しまないだろう』　と滅亡願望が日に日に強くなってゆきました。

そんな時　「休んでください」　とあるカウンセラーに言われたのです。
意味が解らず　「え？」　と聞き返すと　「そんなことがあってまだなお頑張らないでください。掃除も洗濯もしなくていいです。仕事も休んでください。子供たちのご飯も最低限のものだけにして、今は休んでください」　そう言われてやっと　「え？そうなの？私って頑張っているの？そして、掃除や洗濯はしなくてもいいものなの？」　と、半信半疑ながらもやっと自分に“休む”という許可を出せたのです。


皆さんは、ちゃんと休めていますか？
怒ってもいいんだ、泣いてもいいんだ、愚痴ってもいいんだ、凹んでもいいんだ、と色んな感情を抑えずに自分自身を認めてあげれていますか？
ネガティブな感情ほど、抑圧してしまいます。
しかし、そんなネガティブな感情を抑圧すると、やがてはポジティブな感情すら同じように抑え込まれ、自分がなにを感じ、どうしたいかがわからなくなってしまいます。
自分というものが、物理的には存在していても存在していないかのように、生命は保たれているけれど、まるで生きていないかのようにしか感じれなくなってしまうのです。

もしも、そんな風に感じた時は友達や家族、カウンセラーなどに少しずつでも思いを話してみてくださいね。
きっと、自分滅亡の危機から脱出できることと思います。



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   <title>メダリスト</title>
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   <published>2012-05-07T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-05-07T15:00:09Z</updated>
   
   <summary>今年は、オリンピックイヤーですね。 ロンドンでの、日本人選手の活躍が楽しみです。...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="あんどうまり" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[今年は、オリンピックイヤーですね。
ロンドンでの、日本人選手の活躍が楽しみです。
何といっても“世界一”を決める舞台なのですから、生来の資質もさることながら、そこに至るまでの身体と精神力の鍛錬は、並大抵の努力ではないと思われます。
競技の結果は、悲喜こもごもですが、メダルをとった選手、惜しくもメダルに手の届かなかった選手、どちらも私たちに興奮と感動を与えてくれます。
メダリストたちのコメントは、喜びと達成感に満ち溢れていて、とても印象的で、応援してくれた人達、サポートしてくれた人たちへの感謝と共に、自分自身との闘いについてコメントをする選手が多いですよね。

オリンピックが近付くにつれて、ＴＶや雑誌では、オリンピックを目指す選手たちを取り上げた特集が組まれていますね。
どちらかというと文化系の私は、スポーツとは縁遠い生活をしてきたので、興味深くその特集を見ているのです。
選手たちの練習風景から日常生活、そして彼らの物事の考え方は、一つ一つを丁寧で、細部にまで気が配られているなと感じます。

第一線で活躍している選手も、最大のパフォーマンスができるようにと、絶えず進化を目指しています。
みなさんもよくご存じの水泳の北島選手は、スタート台で踏み切る力を最大限に活かすために、立つ時の足の位置を変えたそうです。
また、ハンマー投げの室伏選手は、ハンマーに伝わる遠心力とより遠くへ飛ばすタイミングを考え、ステップのリズムを変えたのだそうです。
一度成果を出しても、それに捉われず、0.1秒でも早く、１㎝でも遠くと、よりよい結果を生むように、細かなところを修正していくのだそうです。
しかし、どちらの選手も、これまで身に付いたやり方を改めることに、大きな心理的抵抗感があったといいます。
新たなやり方の方が良い結果を生むと頭で理解できていても、現状から変わることに、“なぜこれで悪いんだ、いいじゃないか”、“変わることに意義があるのか”と身体に抵抗が現れ、フォームを変えることに大きな決断と勇気を要したといいます。

カウンセリングでも、物事の捉え方、考え方、行動について、みなさんが“より幸せだ”と感じられるようなものへと変えていきましょうと提案することがあります。
しかし、頭では理解できていても、北島選手や室伏選手のように、新たなことに抵抗感を感じられる方も多いのではないでしょうか？
そして、諦めたり、先送りにしたくなることもあるでしょう。

しかし、私たちがオリンピックを見て感動したり、共感するのは、かつて自分でも目標を達成したり、努力した体験を持っているからではないでしょうか。
がんばって勉強して希望校に合格した、練習を重ねてスポーツで優勝した、そんな輝かしいことだけではありません。
自転車が乗れるようになった、逆上がりができるようになった、ひらがなを書けるようになった、一人で着替えが出来た、立って歩き始めた、話し始めた。
そんなことが出来るようになった時、私たちの周りには、自分の事以上に大はしゃぎして喜ぶ人がいたはずです。
それは、まるでオリンピックで日本人選手が金メダルを取ったかのように。
そういう意味では、私たち一人一人が、メダリストなのかもしれませんね。
形には見えないけれど、誰の胸にも、たくさんのメダルが輝いているはずだと、私は思います。

自分では何の変化もないように思うかもしれませんが、１ヶ月、２ヵ月と積み上げてきたチャレンジは、確実に変化をもたらしています。
停滞したり、後退しているように感じた時は、これまでのプロセスを振り返り、以前より目標に近づいていることを確認しましょう。
わずかな変化も大事にして、自分自身の胸に輝くメダルをかけてあげましょう。
そうすると、また一歩前に進む元気が出てくるのではないかなと思います。



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   <title>ある日の1日。癒されるということ。</title>
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   <published>2012-04-30T23:00:00Z</published>
   <updated>2012-04-30T23:00:03Z</updated>
   
   <summary>今日の宮古島はとってもいい天気でした。 初夏のような真っ直ぐな陽射しに、涼しい風...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="五十嵐かおる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[今日の宮古島はとってもいい天気でした。
初夏のような真っ直ぐな陽射しに、涼しい風が肌に心地いい。
薄手の長袖シャツがちょうどいい散歩日和。4月1日に海開きもあって、いよいよ夏は目の前です。

せっかくのお出かけ日和を満喫しようと、友人と来間島へドライブランチに行ってきました。
島とはいっても宮古島から1.7kmほどの長い橋でつながっているので、車で行くことができます。真っ青な海の上を真っ直ぐに伸びる道を走り抜けるのはとっても爽快です。
この時期、年に1度の大きな干潮を迎えた海はいつもと違う表情。いつもは海底にいるサンゴ達が姿を現し、陸となって天然の橋のように島がつながっていました。海面が近くなったぶん、宮古ブルーに透明度が増して、海底がキラキラと全部透けて見えます。

向かったカフェは、天井はあっても地面は外とつながっている半分屋外みたいな空間。
風が吹き抜けてとっても気持ちいいがいい席。ゴーヤ、島人参、紅イモ、黒糖。島で取れた食材で美味しい食事を頂きました。太陽をいっぱい浴びて育った植物達の元気をもらえる気がします。

帰りにちょっと寄り道をしようと脇道に車を止め、植物がうっそうと茂る散歩道へ。
ガイドブックにない怪しい脇道が宮古島の醍醐味。ちょっと公道から外れただけで光景がガラッと変わります。幹同士が絡まりあうガジュマルがカーテンのように地面に向かってつたを伸ばし、幹の間からは種類の違う植物が芽を出している。どこからどこまでがオリジナルの樹種かわからないくらい草木が混じり合って共存している。知っているサイズより10倍大きなシダが生えるそこはジャングルそのもの。さっきまでの強い日差しはうっそうと生い茂る木々や大きな葉に閉ざされて、そこだけひんやりと薄暗い。木々の隙間から注ぎ込む陽射は光の塊のようになって力強く神秘的な舞台を作り上げる。まるで宮崎駿の世界。そこここに木霊（こだま）がひっそりと首をかしげて見守っていそうな空間。足元に延びる石畳だけが「どこかにつながる」安心感を与えてくれるくらい、非日常な光景が拡がっていました。
ふっと眩しく光る芝生が見えて散歩道が終わり、見晴らしのいい高台の公園へ到着です。なんでつくったの？というような大きなタコのオブジェがでんとそびえていて、いままでの散歩道とのギャップに笑えてしまいました。

帰り道、「なんだかわからないけど、充電した気分だね」と笑顔で言った友人の言葉が心に残りました。

カウンセラー的な気づきやシェアはまったくない今日のコラムですが、感覚で感じることの「癒し」をお伝えできたらなと思い、書いてみました。
もちろん、ここでの人との出会いやつながりにもたくさんの気づきをもらっていますが、生活しながら目に映るもの、経験することそのものが「癒し」につながっています。

早いもので宮古島に来て9カ月。生活にもすっかり慣れて、目に写るものすべてが感動だった頃に比べたら少し感覚も変わってきましたが、まだまだ飽きることはありません。
「いつ帰るの？」と聞かれますが、それもタイミングに委ねていくつもりです。



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   <title>紙ヒコーキでも頑張れ！</title>
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   <published>2012-04-23T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-04-23T15:00:07Z</updated>
   
   <summary>わたしの子供時代は、市営の大きな団地に住んでいました。 そのような団地では、団地...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="小倉健太郎" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[わたしの子供時代は、市営の大きな団地に住んでいました。

そのような団地では、団地の周辺などでいつでも同じような年代の子供達が遊んでおり、とくに面識などなくても、楽しそうな事をしている人達を見かければ、わーっと入っていって、「俺も仲間に入れて！」と言えば、そのまま友達として一緒に遊ぶようなことも普通の出来事でした。

ある時、母が私に向かってこう言いました。

「外でみんなが紙ヒコーキ飛ばして遊んでいるよ！あんたも行ってみたら？」

わたしは、それは楽しそうだなと思って、一体誰が何人くらい集まって、何をしているかなども確かめないまま、紙ヒコーキを折って、表に飛び出していったのです。

5,6人の男の子が集まっていたので、母が言っていたのは、きっとこの子達だろうと思い、

「紙ヒコーキ作ってきた！仲間に入れて！」

と大きな声で言いました。

そうしたら、全員がこっちを向き、その中の一人がこう言いました。

「ん？なんだ紙ヒコーキか？」

私は何故そんな不思議そうに言われるのか疑問に思いました。

そして、一瞬の間の後、その男の子は元気一杯に言いました。

「よぉし、みんなぁ、紙ヒコーキなんかに負けるなぁ！」

わたしは、その言葉を聞いて、はっとしました。

そこで集まっていたみんなが飛ばしていたのは、新聞広告で折った紙ヒコーキでは無く、市販のゴム巻き式のヒコーキだったからです。

わたしはそれを見て、急に寂しくなりました。

「みんなゴム巻き式なのに、一人だけ紙ヒコーキだなんて。。。」

わたしは手に持った紙ヒコーキを一度も飛ばすこと無く、しょぼくれて家に帰り、そのまま自分のベッドに倒れこんで泣きました。

「なんでお母さんはみんなはゴム巻き式のヒコーキだって言ってくれなかったんだよぉ。一人だけ紙ヒコーキなんかじゃ恥ずかしいじゃん。。。」

この経験はとても辛い出来事でしたが、いつの間にか忘れて、長い間思い出すこともありませんでした。

でも、何故か不思議なことに、特に社会人になってから、解決できそうも無い大きな問題や、災難に会うと、あの紙ヒコーキの出来事を思い出すようになっていきました。

「こんな不利な状況で出来る訳ないじゃないか。。。うまく行く訳ないじゃないか。。。」

そうやって、自分に言い訳して逃げ出す時は、決まって思い出すようになっていきました。

「それにしても、なんで最近特に、あの小学生の頃の出来事を思い出すことが多くなってきたんだろう。。。」

そんな風に考えていると、ふとこんな風に思いました。

「そうか、小さかった頃に一人だけ紙ヒコーキで不利だと思った時、恥ずかしくて勝負する前から逃げ出してしまったように、同じように不利な状況だと感じたときは、いつも逃げ出してしまうようになっていたのかもしれないな。。。」

私は、それが自分の心のパターンだと感じ、そのパターンは変えたいなと思いました。

そうしたら、何故かこんな事が心に浮かびました。

それは、日産スカイラインのカタログか何かに記載されていた話なのですが、ある車のレースで、優勝候補のポルシェを、スカイラインが1周だけ抜いて1位になったという話なのですが、そのレース当時は、まだ日本の車の技術レベルは世界からかなり遅れをとっていたようで、圧倒的に不利な状況だったようです。

そのカタログには写真も載っていましたが、それを見て私は、こんな風に感じました。

「うわぁ、自動車(スカイライン)が、戦闘機(ポルシェ)と競争してる！」

インターネットで改めて調べてみると、それはどうも1964年の第2回日本グランプリの話のようで、量産車をベースとしたスカイラインは1,100kgの車重量に対し、レース専用に設計されたポルシェ904GTSは650kgと、重さだけ比べても明らかに不利だったようです。

誰もが絶対にかないっこないと思われるレースで、1周とはいえ1位に躍り出て、最終的な結果は2位という大健闘に、観客は大いに盛り上がったようです。

今では世界的なブランドとなっている日本の車メーカーの昔の話と言うのは、とにかく世界を相手に不利な状況で頑張ったという話が多くて私は好きです。

そして、私は思いました。

「不利な状況だと感じても、逃げ出さずにやるだけやってみたらいいんだ。それで駄目でもいいじゃないか。でも、もしもいい結果になれば、きっと賞賛されるんじゃないのかな。」

不利な状況だと感じても、逃げ出さずにやってみる。

自分の心も、そんな風にありたいなと思いました。

そして、一人だけ紙ヒコーキだからといって逃げ出した当時の自分に言ってやりたい。

「紙ヒコーキでも頑張れ！」



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   <title>猫背が教えてくれていたこと</title>
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   <published>2012-04-16T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-04-16T15:00:08Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。 ４月も半ばを過ぎましたね。 今月から入学や就職、また異動された方は...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="中山けんたろう" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[こんにちは。
４月も半ばを過ぎましたね。
今月から入学や就職、また異動された方は、新しい環境に慣れてこられたでしょうか。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」ということわざがあります。
新しい環境では、知らないことがあって当たり前。
自分の中に溜め込まずに、勇気を出して周りの人に「教えて下さい！」とお願いしてみましょう。
周りの人たちは、きっと、ニューフェースのあなたの役に立ちたいと思っているはずです。
新しい人間関係を作るきっかけにもなれば一石二鳥ですね。


さて、話は変わって、先日私のブログでも少し触れたのですが、ヨーガを体験する機会がありました。
普通の屋内スタジオではなく、海岸が間近にある屋外の芝生の上で、しかも早朝（６：３０から９：００）の時間帯にヨーガをしてきました。
３日間の体験だったのですが、心身ともにリフレッシュされ、気持ちよく一日をスタートできた貴重な体験でした。

ヨーガのポーズをとったり、呼吸法を試してみたり、アイソメトリック負荷と言って、息を吐きながら体の各部分に負荷を加えてみたりと、初めてのことをいろいろするうちにあっという間に時間が経ちました。
それだけヨーガの間は集中していたということなんだろうと思います。
自分の筋肉の動き、血流の感覚、呼吸の際の息の流れや速度などを感じることを通して、自分の体と心に意識を向けていました。

普段の生活、特に会社、学校、家事の際には、外部から入ってくる情報に意識を向けざるを得ませんね。
自分に意識を向けることが疎かになりがちです。
でも、一日、あるいは、一週間の内で少しの時間でもよいので、自分自身に意識を向けることで、自分が生きている感覚、自分が今ここに存在している感覚を取り戻せるのだそうです。


私がヨーガをしながら気がついたのは・・・・・、体がかたい。（笑）
「最初はみんなそんなもので、続けて行くうちに柔らかくなっていくものですよ」という先生の言葉に励まされながら、いろんなポーズを取っていました。

足をあぐらのように組んで、背筋をピンと伸ばすポーズを取っていたときのこと、体がかたいので、たったそれだけのことが結構大変だったのですが、背筋を伸ばしながらフッとある考えが浮かびました。

　「なんで僕は猫背なんやろう？？」

そうなんです。私は、猫背なんです。
いつの頃からかは覚えていないのですが、気がついた時には私は猫背になっていました。
中学時代には、母親が「猫背矯正ベルト」（！！）を購入するくらい、姿勢が悪く背中が曲がっていました。（結局、「猫背矯正ベルト」は窮屈だったので使いませんでしたが。）
母親からは、何かの度に、「背筋伸ばしなさーい！」と背中をよくたたかれたものです。

もう何十年も背中が曲がっていますから、「背骨にまっすぐなパイプが通っているような感じで背筋を伸ばしてー」と先生から言われても、ものすごくきつかったんです。
きつかったからこそ余計に意識できたんだと思いますが、「猫背が、自分ではあまり意識していない心の一部分を反映しているものだったとしたら、それは何なんだろう」と思いました。

猫背の姿を思い浮かべていただくとわかる通り、目線は下、手はだらりと垂れ下がり、とぼとぼと元気なさげに歩いている姿を想像されると思います。
そういうイメージから真っ先に連想されたのは、「私は悪い、罰せられなければならない」という罪悪感と、「私は生きている価値がない」という無価値感でした。

その時に思いついたのが、「自分って帝王切開（母親のお腹を切って子どもを取り出す出産）で生まれてきたんやった」ということでした。
臨月まで子宮の中で、正常に頭が下の姿勢で育っていたのに、どういうわけだか急に頭が上（いわゆる逆子）になってしまい、逆子を元に戻す体操（そんなものがあるんですね）をする間もないまま、帝王切開で生まれたと、幼い頃によく母親から聞かされていました。

私が幼い頃、母親はお風呂に入る時に度々、下腹部の帝王切開の傷跡を見せながら、「麻酔の注射が痛かった」、「切った傷口が痛かった」とよく話してくれました。
今にして思えば、「それくらい苦労してお前を生んでよかった」ということを言いたかったんだろうと思えるのですが、もしかしたら、幼かった私は、

　「自分を産む時に、お母さんを傷つけてしまってごめんなさい。」（罪悪感）
　「お母さんをひどい目に遭わせてまで自分は生まれてきてよかったのかな。」（無価値感）

と、自分でも知らず知らずのうちに、思い込んでしまったのかもしれません。

「なんで僕は猫背なんやろう？？」と思ってから、ここまでの考えが浮かんでくるまで、おそらくほんの一瞬のことだったと思います。
天から降ってきたという表現がぴったりきます。

幼かった私が、そのように思い込んだかどうか、真偽の程は今となっては確かめようもないのですが、今の自分がそのように理解することで、自分が猫背の理由が妙に腑に落ちたんです。
（但し、帝王切開で生まれた方でも、背筋がピンと伸びている方は大勢いらっしゃるはずですので、あくまで私にとっての感覚です。）

そう思えると、猫背でいることがなんだか馬鹿馬鹿しく思えてきたんです。
罪悪感とか、無価値感といったものを、猫背と言う形で表現していたのかもしれない訳ですから。

実は、前々から、このように思うようにはしていました。

　「お母さんの体を傷つけてまで自分を産んでくれてありがとう。」
　「お母さんがそこまで苦労してこの世に産んでくれた命なんだから、本当に有り難く、価値があるんだ。」

意識の表面ではそのように思うようにはしていたものの、潜在意識や無意識と言われる、心の大部分を占めている部分では、罪悪感や無価値感にはまり込んでいたのでしょう。
私がそのように思いながら生きて行っても、母親はちっともうれしくなんかないはずですよね。
ですので、この部分に関する罪悪感や無価値感は心の底から手放して、猫背も直そうと思いました。

それ以来、猫背になっているなと気がついたら、胸を開いて背筋を伸ばすようにしています。
何十年来の猫背が直るんでしょうか。
背筋を伸ばして、堂々と歩いている自分・・・、生まれ変わったような気分になるでしょうね。


さあ、もうすぐゴールデンウィークですね。
日本では、「仕事」の対極として「休み」を挙げる人がほとんどとのことですが、欧米では「仕事」の対極は「遊び」なんだそうです。
今年のゴールデンウィークは、体を動かしたり、行ったことのないところに行ってみたり、新しい経験をしてみたりして、「遊び心」を刺激してみてはどうでしょうか。
私はやっぱり、大好きなキャンプに行って、大いに遊んでこようと思っています。



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   <title>桜の園</title>
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   <published>2012-04-09T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-04-09T15:00:07Z</updated>
   
   <summary>桜の季節ですね。 さくら開花予想によると、このコラムがアップされる時には、ちょう...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="池尾昌紀" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[桜の季節ですね。
さくら開花予想によると、このコラムがアップされる時には、ちょうど東京の桜が満開のようです。

この季節になると、私は必ず思い出す本があります。
漫画家の吉田秋生さんが描かれた漫画「桜の園」です。

もう、２０年以上も前に描かれたものなので、今読み返すと、時代の移り変わりを感じますが（制服のスカートが長い、携帯電話がない等）内容は今でもとても新鮮で素晴らしいと思います。

私は、幼い頃から運動が苦手で、おのずと室内での遊びに没頭することが多かったので、「男らしさ」から縁遠いと感じていました。
男らしくない自分にとても劣等感を抱いていたし、長男で家の期待を担っていたこともあって、そのことにとても苦しんできた思春期でした。

そんな時に、妹が読んでいた少女漫画をたまたま読む機会があり、その世界に描かれた当時の少年漫画にはなかった（というより私が気がついていなかっただけですが）、繊細な心理描写に心を奪われた記憶があります。

それからは、少年漫画やアニメなどに熱中する一方、少女漫画の世界にも熱中していた思春期でした。

そこには「男らしくない」自分に対して、「男らしさ」に憧れて少年漫画を読み、「男らしさ」では表現できない、繊細で柔らかい女性性に憧れて少女漫画を読むという、二つの心を同時に満たしたいという欲求があったように思います。

当時の私にとって、この二つの全く違う感覚は、身を引き裂かれるような苦しみでした。

男なのに、繊細で柔らかい感覚を持ち合わせているなんて。
男なのに、力強さよりも繊細さに心惹かれるなんて。

男とは、こうあるべき。
女とは、こうあるべき。

心理学を学んだ時、これが「観念」という心の働きで、「こうあらねばならない」といった環境等から自分が作り出した思いであり、自らが自らの心を縛っているというものであることを、初めて知りました。

この観念によって、私は、自分を「男らしくない」のは「男ではない」と判断してしまい、苦しくなっていたのです。

また、心理学では、女性性と男性性というものの見方があります。

男性性は、力強さ、責任感、与えること、リーダーシップ等を。
女性性は、柔らかさ、繊細さ、受け取ること、美しさ等を。

優しさや包容力といったものは、どちらにもあって、一般的に母親をイメージさせる女性的な優しさ・包容力もあれば、同じように父親をイメージさせる男性的な優しさ・包容力もあります。

これは、一見すると女らしさ、男らしさと見られがちですが、
責任感が強い女性もいますし、柔らかい物腰の男性もいます。

女性だから女性性しか持っていないとか、男性だから男性性しか持っていないというものではなく、心の状態やバランスを表すもので、どちらも女性・男性が必ず持っているものといわれるものなんですね。

こうしたバランスに善し悪しはなく、人それぞれであり、このバランスこそが、その人の個性を作り出していくものなんです。

そうしたことを知らなかった私は、長く、自分の中の男性性と女性性のバランスに苦しんでいました。
心理学を学んで、そのことを知った時、やっと長い間自分の中で葛藤してきた気持ちが解放されたと感じたことを思い出します。

私にとって苦しみのもとだった、こうした繊細さや柔らかさは、実は、自分を作っている大切な個性でした。
この部分を受け入れて認めてあげることができた時、同時に、自分の中の男性性である力強さやリーダーシップも開花させることができるようになりました。

心の中にある潜在意識には、表面意識で区別しているような善し悪しという判断がありません。
心を閉ざしていると、良いところも悪いところも全部、閉ざしてしまうことになります。
男らしくないから、隠さなければ、との思いは、女性性と男性性の両方の良いところを隠してしまっていました。

心を開いていくことができた時、今度は、隠れていた良いところの両方が表に出てきたのです。

その結果、リーダーシップが取れる上に、繊細で柔らかい、と評されるようになっていきました。

「桜の園」を読むと、当時の苦しかった自分のことを思い出します。
同時に、こんなに繊細な物語に素直に涙していた自分の感性を、改めて褒めてあげたくもなります。

こんなことを思い出していたら、以前に記事に書かせていただいたことのある、佐野藤右衛門さんという有名な造園家の方が語っておられた、桜を見る時は「必ず、花の下に入ってみて欲しい」という話を思い出しました。

その理由は、花は太陽に向かって上向きに咲くけれど、桜の花は全部下向きに咲く。
だから、木の下に入って桜を見上げると、花全体に包まれるような感じがするのがいいのだ、というお話でした。　

実際に桜の木の下に入ると、本当に桜の花に包まれているような感じがします。
その安心感や温かさ。

この包まれた感じは、女性的なものなのか、男性的なものなのか、と考えてみると、答えは「どっちだっていい」と思えてきました。

自分を温かく包んで見つめてくれているような感じ。
それを感じるのは、私の心ひとつ。

それだけでいいじゃないか、と改めて思ったこの春でした。



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   <title>反応する事のススメ</title>
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   <published>2012-04-02T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-04-02T15:00:05Z</updated>
   
   <summary>先日、実家の父の介護のため実家に帰ったときのお話です。 ベッドに寝ている父が母に...</summary>
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      <![CDATA[先日、実家の父の介護のため実家に帰ったときのお話です。

ベッドに寝ている父が母に向かって
「ありがとう」
と伝えておりました。

しかし、耳の聴こえない母は気づきません。
一生懸命、父に背を向け仕事をしています。
私が反応して「どういたしまして」と伝えても、どうやら私ではなく母に伝えたいらしく、父はこっちを振り向いてくれません。

父は母の背中に向って一生懸命
「ありがとう」
と言い続けます。

それでも母は気づかず背を向けて仕事をし続けます。

そうすると、母に気づいてもらえない段々と父が不機嫌になってきます。
「ありがとう」
それを、大きな声で何度も何度も叫び続けます。

そこで、ちょんちょんと母の背中をつつき父の様子を伝えます。
そこで、母は父の「ありがとう」に気づき
「どういたしまして」
と反応したんですね。

そうすると、今までイライラとしていた父の空気が一変。
ぱぁっと明るい笑顔になり嬉しそうに何度も何度も
「ありがとう」
と伝え続けるんですね。
ずっと母に伝えようとして伝わらなかった一つの想いが伝わり本当に嬉しそうに嬉しそうに伝え続けてるんですね。
その父の姿に、いつも母を想う気持ちと感謝の気持ちを感じ、少し胸が熱くなりました。


私たちは、自分自身の気持ちや想いを伝えたくて一生懸命頑張ってみたり、チャレンジしてみたりする事っていっぱいあると思うんです。
そして、自分の気持ちがちゃんと伝わったときはとっても嬉しくて幸せな気持ちになります。
しかし、自分の気持ちがちゃんと伝わらなかったり、折角出したサインに対して反応してもらえなかったらとても寂しくて悲しい気持ちになってしまうんですね。
そして、不機嫌になってみたり、怒ってしまう事があるんです。
でも、その気持ちって本当は気持ちや想いを伝えたい人に対して抱きたい感覚や感情ではないと思うんです。
もっと、あったかくほんわかした感覚や心と心が繋がっているという感覚等を感じたいんじゃないかな、と・・・

そんな気持ちを知っているからこそできる人間関係を潤滑にしたり、その場の空気を和やかにするポイントがあります。

それは『反応する事』なんです。
私たちは反応したり反応される事で、すごく気持ちが明るくなったり、ホッとしたり、和んだりする事や瞬間が色んな場面であります。

春は色々な人と出会ったり、新しい環境に入って行く機会が多い季節かもしれません。
そんな時に、ちょっと周りを見渡して誰かが何かのサインを発してくれてるなと感じたらちょっとした『受け取ったよ』『気づいているよ』という反応を返してみませんか。

それは、ちょっとした挨拶だったり、アイコンタクトだったり、手振り身振りだったりするかもしれません。
ちょっとしたサインにちょっとした反応をする事で、なんだか心が暖かくなったり、相手との心と心の繋がりを感じる事ができるんじゃないかな、と思うんです。

周りの人の伝えてくれた事に対して反応する事で、新たな人間関係を育む切っ掛けを作ったり、今以上に有効的な関係を結び易くなる確立がグンと高くなります。

そう、私の父が母に「ありがとう」を伝え、母に気づいてもらえた時の満面の笑顔のように、色んなサインに対しての様々な反応で今までいた場所の空気もがらりと変わるかもしれません。

『反応する事のススメ』

この春にもしよかったら、皆さんも一緒にチャレンジくださいね。



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   <title>母のシャツを着る父の想い出</title>
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   <published>2012-03-26T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-03-26T15:00:05Z</updated>
   
   <summary>今年、父の７周忌を迎えます。 父との一番古い思い出は私が３、４歳の頃だと思うので...</summary>
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         <category term="吉村ひろえ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[今年、父の７周忌を迎えます。

父との一番古い思い出は私が３、４歳の頃だと思うのですが、父の膝の上に乗り、よくお絵かきをしてもらったことです。
父がひらがなの　“ね”　という字を書いて　「これがネズミの　“ね”　ていう字や。見ときや、ネズミになるで」　と言って　“ね”　という字をみるみるネズミにしていきます。
それがとても楽しく、そして　“ね”　という字がほんとにネズミの絵になっていくことに感動した覚えがあります。

きっとその頃は父のことが大好きだったと思うのですが、思春期のころには　
『きらい、うざい、でも親父はチョロイ』　などと思うようになり、高校生くらいになると反抗期も少し治まって来たのか、『きらい、うざい』　よりも　『上手く乗せればお小遣いをくれる人』　になり、私自身が結婚する頃には　『あぁ、なんだかんだ言ってもお父さんってすごいのかも』　と少し思えるようになりました。

小学生の頃に父と話したり遊んでもらった記憶は無く、中学生の頃には極力寄り付かず寄せつけず、高校生くらいから少しずつまた距離が縮まって来ていたように思います。

父は基本、とても明るくおおらかで人を楽しませることが好きで、くだらない冗談やダジャレをよく言っていました。
例えば、食卓にタコの酢の物があると、「このタコ、イカ酢じゃねぇか」　とか　食事を終えると　「ごちそうさん、あ～馬勝った（美味かった）、牛負けた」　など・・・。
１回目は大目に見ます。
２回目には　「おもんない」　とハッキリ言うのですが、めげずにプッシュしてくる父に３回目以降は誰も反応せず、綺麗にスル―します。

私の友達が遊びに来るとわざわざ部屋にやって来て
「いらっしゃい、おっ！あんたべっぴんさんやな～、あんたみたいなべっぴんさん初めて見たわ～」　
と、いつ、何回、どの友達がやって来ても言うので、みんなに　
「おっちゃんそれこないだも言ってたで。おっちゃんに会うの初めてちゃうし＾＾；」　「お？そうやったか？ほんだら、あんたのあまりの美しさにおっちゃんの記憶が飛んだんやな～」　
「うん、それももう飽きたわ、新しいネタ考えて＾o＾」　
と、父と友達がこのやり取りをするのがお約束でした。
放っておくと延々部屋に留まろうとするので私に　「もういいから早く出て行って」　と言われ　「お前は冷たい娘やな～」　とボヤキながら出て行きます。

普段は明るく気さくな父ですが、そんな父の涙を初めて見たのは私が２１歳、母が突然逝ったしまった時でした。
母は自宅で倒れて救急車で病院に搬送され、すぐに意識がなくなりました。医師からの説明は、脳卒中だということと、破れた血管は脳幹という手の施しようがない場所で母の命は持って三日だろうということでした。
それから母の意識は戻ることなく、一週間後に亡くなりました。

母が倒れてからしばらくは怒涛の時を過ごしたような気がします。
両親は商売をしていたのですが、身内が倒れたり不幸があったからと休める商売ではなかったので、仕事と病院と親戚などの対応でてんてこ舞いでした。
いつも強気で元気だった母のあまりの突然の死を忙しさも手伝ってか、父も兄も妹も私もなかなか受け入れることが出来なかったように思います。
母がいなくなったことがどこか嘘っぽく現実味がなく、なんだかキツネにでもつままれているような妙な感覚がしばらく続きました。

母が亡くなり葬儀も済ませ、しばらくしたある日の朝、階下に下りてゆき台所に入るとその隣の和室で父が向こうをむいてシャツを着ようとしていました。
そのシャツは父のサイズよりは少し小さいようで、袖が通りにくく着るのに苦戦しています。
よく見ると、そのシャツは母がよく仕事の時に着ていた渋いオレンジと緑色のチェックのシャツでした。
母の死でおかしくなったのかと　
「お父さん！なにしてるんっ？」　
ビックリしてそう聞くと、それでもまだシャツに手を通そうとしながら　
「このシャツお母さんがよく着てたなぁと思ってな～」　
と、母のそのシャツを一生懸命着ようとしているのでした。

そして、父がこちらを向いた時、静かに涙を流していることに気づいたのです。
それを見た瞬間、私もイッキに涙が溢れてきて　
「も～　なにしてるんよ～　アホちゃう～～」　
と泣き笑いになりながら、父と私の２杯分のコーヒーを淹れる準備をし始めました。

父への想いは成長するにつれ変化してきましたが、人生の半分を過ぎた今の私の父に対する想いは、感謝と尊敬とそして今でも大きな愛で見守ってくれているであろうという安心感というか、信頼にも似た気持ちです。

あ、でも、もしかしたら父の方が安心しているかも知れません。
なぜなら、妹と一緒になってお小遣いをせびる度に父は
「アー、お前らのおらん世界に行きたい」　
と、言っていたからです＾＾；

もしも天国というものがあったなら、この世界に居た時よりも父と母は仲良くおだやかに過ごしているだろうと思います。
そして、あの、母のシャツを着ようとしていた父に母は
「しょーもないことしなっ(-_-)」
と、言ったに違いありません。



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   <title>着ぐるみ</title>
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   <published>2012-03-19T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-03-19T15:00:06Z</updated>
   
   <summary>昨年の３月末、20年間勤めた会社を辞め、かれこれ１年が経過しました。 20年とい...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="あんどうまり" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[昨年の３月末、20年間勤めた会社を辞め、かれこれ１年が経過しました。

20年という歳月が作り上げた習慣とは恐ろしいもので、家の中で何かをしながら電話を取ると「はい、○○○○研究所です。」と勤めていた会社名を言ってしまったり、考え事をしながらエレベーターに乗るとデスクのあった３階のボタンを押していたり、ボーっとバイクに乗っていると会社に向かっていたり・・・。
会社を辞めて３か月くらいは、そんな一人ボケをやっていました。
そして、あまりにもナチュラルなその行動に、私は自分でも着ている事に気づかない“着ぐるみ”を着ているのではないかと思ったのです。

会社を辞めたいと思い始めて５年、カウンセラーとしてやっていきたいと思って３年、紆余曲折ありながらもその想いが達成されて、とてもハッピーな状態なわけです。
しかし、辞めたらこんな事したい、あんな事したいと、勤めていた頃の想いとは裏腹に、自由な時間がたくさんあるのに自由に行動しない、そんな着ぐるみ。
会社の経営方針、培われてきた社風、そんな枠組みを息苦しく感じていたのに、いつの間にかそれに同化して、思考パターンや行動が規制されている、そんな着ぐるみ。
経営管理、対外的な交渉、経理や庶務など、様々な人が支えあって組織として仕事をしていて、組織の看板で仕事をしていた、そんな着ぐるみ。

辞めたのだから、早く着ぐるみを脱いだらいいのにと思うかもしれませんが、これがなかなか脱げないのです。
自由になると責任が伴い重いと感じる、枠組みを外れると不安を感じる、一人だと思うと孤独や自信のなさを感じてしまう。
着ぐるみを着ることによって、私は、これらのネガティブな感情を感じずに済んでいたのかもしれないなぁと思いました。

それでも、様々ネガティブな感情を感じながら、目の前にぶら下がっている事をこなしていると、いろんな場面で、これまでの仕事が役立つことを実感し始めました。
自治体や企業に向けた心理学講座の提案書を作成、プレゼンテーション、講座の準備、実施報告書の作成など、これまでの仕事で自分でした事のあるものもあれば、人がやっていた事を傍で見てきたことを、見よう見まねでやってみました。
数々の失敗や反省点はあったものの、だてに20年働いていたわけではないなぁと、少し自信を取り戻すことができました。

これまで、当たり前のことのようにやっていたので、自分自身がどのような事が出来るのかということを、強く認識していなかったのだと思います。
また、勤めをやめた途端、何もできなくなってしまうと錯覚していたのかもしれません。
着ぐるみを脱いでも、着実に知識・技術・知恵・経験として身についた確かなものが在るのだと思えました。

まだまだ、未熟なところも、自信のないところも、たくさんありますが、春の訪れとともに、重ね着している着ぐるみを、徐々に脱ぎはじめてみた、今日この頃です。



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   <title>招待状が教えてくれたこと</title>
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   <published>2012-03-12T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-03-12T15:00:07Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。宮古島から五十嵐かおるです。 先日、友達の結婚式に行ってきました。 ...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="五十嵐かおる" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[こんにちは。宮古島から五十嵐かおるです。

先日、友達の結婚式に行ってきました。
もちろん内地で。（ここでは沖縄より北の国土を「内地（ないち）」と呼ぶんです。）
すっかり飛行機に慣れた私は、山手線の移動のように宮古島から羽田へ向かいます。

友達思いで優しい性格の新郎新婦。その２人の人柄に魅かれて集まった仲間からは「おめでとう！」「2人が幸せになって心から嬉しい！」という祝福の気持ちが会場いっぱいにあふれていて、素晴らしい1日でした。
出席できて本当によかった。招待してくれてありがとう。

結婚式の招待状といえば「参加・不参加」それと会場案内。
前もってお誘いを言われることがほとんどで、どちらかというと形式的な書面として見ていたのかもしれません。
今回はその招待状の大切な意味を教えてもらった気がします。

新婦である友人が結婚式を挙げる知らせの時に、気を使ってこんなふうに言ってくれました。
「かおるちゃん、遠いから来るのは無理ってわかってるんだけどね、招待状だけは送りたいんだ。新しい住所教えてくれる？」
そうかぁ～確かに行くのは難しいかも。仕事もあるし。長期休みはとったばかりだし。
でも招待状送ってくれるなんて嬉しいな♪
軽い気持ちで新しい住所を言って電話をきりました。

数日後、青い海を渡って真っ白なその招待状は私のもとへやってきました。

筆の文字で、私の宮古島の住所と名前がしっかり書いてある。
シンプルで可愛らしく、2人の式の案内が載っている。
彼と一緒になった新しい彼女の名字・・・
純白の舞台で眩しく踊るような文字たちを読んでいると、彼女が私にこれを送ってくれるまでの姿が浮かんできました。
私の住所を登録して、宛名をつくって切手を貼る。来るのは難しいとわかっていて招待者名簿の一人として載せてくれる。
彼と出会った時のこと、付き合い始めた報告、一緒に住み始めたこと、家族に紹介したこと。どんどん幸せになっていく彼女はよく嬉しそうに彼との生活を話してくれていた。

「・・・行くに決まってるじゃん。」
いつの間にか私の気持ちは固まっていました。
彼女の幸せになる日を見たい。私も直接お祝いがしたい。
急いで「参加」に○をつけてお祝いの言葉を書き添えポストに入れ、東京行のチケットとホテルの予約を済ませました。

「うっそぉ、来てくれるの！すっごい嬉しい」
私からの返事を知ると、彼女はとっても喜んでくれました。
私も嬉しいよ。すごくお祝いしたいよ。行こうと思えば休みだってチケットだってとれるんだ。なんだかもう彼女の気持ちに感動して感動して、出席の報告だけで私は泣いてしまいました。
もちろん当日は感激しっぱなしで、最高の式であったのは言うまでもありません。
彼と並んで座りながらもまわりの様子に細やかに気を使う彼女の笑顔は、今まででいちばん素敵でした。きっとこれからも、彼の隣でもっと柔らかく輝いていくことと思います。
２人の幸せを心から願って。



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   <title>取り戻した、ような気がする、青春時代</title>
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   <id>tag:www.counselingservice.jp,2012:/column//6.2972</id>
   
   <published>2012-03-05T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-03-05T15:00:05Z</updated>
   
   <summary>三島桃子です。いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます！ 私が心理の勉...</summary>
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      <name>編集者</name>
      
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         <category term="三島桃子" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[三島桃子です。いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます！

私が心理の勉強を始めたのは３０歳の頃です。

２０代になった頃、「何か私の心、周りの友だちみたいに元気じゃないぞ」ということに気付きました。しかしながら、自分の状況をはっきりは把握しないまま３０代に。そして、「これはこのままではまずいぞ…」と思いはじめ、最初は自分自身と向き合うために心理の世界に飛び込み、やっているうちにすっかりはまり、今にいたるわけですが…。

自分の気持ちと向かい合う中で思ったことのひとつが、「苦しくて不安定な状態で過ごした青春時代を取り戻したい、でも過ぎた時間は取り戻せない、悔しい…」というものでした。もし安定した気持ちで過ごせていたら、私の青春時代や２０代には、きっと楽しいことがたくさんあっただろうに。苦しいことだって、もっとしっかりした足取りでくぐり抜けただろうに。そう思うと、やりきれない気持ちになったものでした。

今、ご相談を受ける中で、時々そのような思いをお聞きすることがあります。「もっと幸せな子ども時代を、青春時代を送れたかもしれないのに…、今、いくら心が癒されても、あの時間は取り戻せない、それがやりきれない」と。

自分自身もかつてそういう気持ちを感じていたので、よくわかります。

でも一方で、今現在の私がそういう気持ちを感じているかというと、そうでもないのです。一時期は、中学生や高校生に戻ってやり直したい、と本気で思ったものでしたが、自分の中の癒しが深まる中で少しずつ気持ちが変化していきました。

「やり直したい」というのは、当時の自分をなかったものにしたい、というようなところもあったと思います。でも、それでは当時の私がかわいそうではないか、なかったものにされてしまったら、あの頃の私はもっと悲しくなってしまうのではないか、と段々思うようになっていったのです。

それと同時に、「取り戻したい！」というのはなくなっていきました。感覚的には「取り戻した」感じさえあります。

あのころの自分はかなり苦しかった。そういう自分を否定せず、受け止め、認める。よく乗りきったな、自分、という感覚。自愛の気持ち。愛すべき自分。

そうすると、愛すべき自分のリアルな苦しみと同時に、生き生きとした表情も見える。もしいいコンディションで青春時代を送っていたら、私はとてもいい笑顔をしていただろうな。つらい時は友だちや家族やいろんな人に相談して支えてもらって、成長していっただろうな。それが、ありありと感じられる。なんというか、まるで本当にそうだったように。

これは地に足のつかないファンタジーとは違うのです。私には、生き生きとした青春時代だってあり得た。それだって私にちゃんとふさわしい、という自信のような感覚なのです。

不思議ですよね。苦しかった自分を全面的に、温かく自分の中に迎え入れ、受け止めた時、何かが起こるのです。そしてまるで、「永遠に失われ、もう手に入らない」と思っていたものが、手に入ったような感覚。物理的に手に入ったかどうかというより、ただ、そういう感覚。

でもやっぱり、ちょっぴり物足りなさが残っているのか、私は時々ティーンエイジャー向けの小説や、大学生の青春まっさかり小説を読みます。青春もののテレビドラマや映画も見ます。そして、言葉にできないいろいろなことを感じ、取り込み、少しずつ何かが満たされていくのを感じます。

というわけで、「青春時代を取り戻したい」という思いのある方にオススメの作品をあげてみたいと思います。

「カラフル」　森絵都・著　（アニメ映画化もされています）
「桐島、部活やめるってよ」「チア男子！」ともに朝井リョウ・著
「フラガール」（映画）
「ローラーガールズダイアリー」（映画）
「Ｑ１０（キュート）」（ドラマ・ＤＶＤ出てます）

他にも、ビバリーヒルズ青春白書シリーズなんかも時々見てます。まー次から次へといろいろとー（トラブルやら行き違いやら誤解やら…）、と思いつつ、この子たち高校生なんだよね、まだまだ未熟だもんなあ、いろいろやっちゃうよね…と、この頃は少し温かい目で見るようになってきました（笑）。

青春時代を取り戻した感を持ててから以降、自然に年相応の大人になってきたような気がします。人生のプロセスがちゃんと進んで行く感じです。この落ち着いた感じ。「自分がしっくりくる生き方」もわかるようになってきました。

気持ちのありようというのは、すべての基盤になるものなんだな、とつくづく思います。



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   <title>目標を大切にすることは自分を大切にすることーオリンピックに寄せてー</title>
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   <id>tag:www.counselingservice.jp,2012:/column//6.2961</id>
   
   <published>2012-02-27T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-02-27T15:00:10Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。 ２月もそろそろ終わりますね。 今年はうるう年でロンドンオリンピック...</summary>
   <author>
      <name>編集者</name>
      
   </author>
         <category term="中山けんたろう" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.counselingservice.jp/column/">
      <![CDATA[こんにちは。
２月もそろそろ終わりますね。
今年はうるう年でロンドンオリンピックが開催されます。
今から楽しみにされている方も大勢いらっしゃるのではと思います。

オリンピック開催まであと５ヶ月ほど。
出場する選手達は、大きな目標であるオリンピックに照準を合わせて、日々練習に励んでいますね。

大きな目標に向けて、自分をベストな状態に持っていくことは、それ自体が至難のワザなのかもしれません。
そのようにして日々の目標をクリアしてきたオリンピック選手達が、４年に一度、一同に会して行われるオリンピックだからこそ、観ている我々に格別の感動を与えてくれるのではと思っています。


話は変わりますが、私はと言えば、学生時代と社会人になってからもしばらくの間、趣味で楽器を吹いていました。
クラリネットという楽器です。

その頃は、演奏会の本番に向けて、日々、練習に励んでいました。
本番が近づくにつれて、他のメンバー達の緊張度合いも上がってきたり、指揮者の指導にも熱が入ってきたりして、本番直前ともなると結構ぴりぴりした雰囲気だったのを覚えています。

そのようにして、みんなで思いを込めて迎えた演奏会本番。
うまくいく所もあれば、練習ほどはうまくいかないところもありました。

でも、演奏会が終わればメンバー全員でお互いの苦労をねぎらい合い、打上げで一つになって達成感を共有し合う。
なんだか、カウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスのヒーリングワーク後に行われる打ち上げに似たところもあって、今でも懐かしく思い出します。

子育てが本格的になってからは楽器からも遠ざかってしまいましたが、演奏会を通して味わっていた緊張感や一体感は、何ものにも代えがたい私の人生の宝物だと思っています。


さて、またまた話は変わります。

年初に今年の目標を立てられた方はたくさんいらっしゃるのではないかと思います。
そろそろ１年の六分の一が経過しようとしています。
進み具合の方はいかがでしょうか。

もし進み具合が今ひとつであれば、達成可能なレベルの目標に思い切って変更されてみるのもよいかもしれません。

当初計画した目標を達成したいと思う気持ちが強ければ強いほど、目標を変更するのにも大きな勇気が必要となります。
真面目でがんばり屋な方ほど、最後までがんばってみたいという気持ちを強くされるのではないかと思います。

目標達成に向けてがんばること自体は悪いことではありませんが、変更可能な目標であれば、「目標を変更する」という選択肢も持っておかれたらよいのではと思います。

カウンセリングで申し上げることもあるのですが、「選択肢」を持っておいた方が、気を楽にして、余裕を持って生きられることにつながるんです。

「もう、これしかない！！」と思うと、視野が自然と狭まり、心がアップアップになりがちです。
そうではなくて、「こうすることもあり」とか、「後から変更もOK」と思えれば、その分、心に余裕が生まれますね。
余裕があると、他にもっとよい方法を考えついたり、自分の状態を冷静に分析して、現実的な代替策を考えられる余地も広がるというものです。

私にも経験があるのですが、状況が変わるなどして達成はほぼ無理とわかっている目標にいつまでもこだわり、挙げ句に目標を達成できないことで自分を無意識のうちに責めていた時期もありました。

でも、ことさら悪いことをしている訳でもありませんから、わざわざ自分を責めるようなことをする必要はありませんよね。
当初の計画の不備や無理な点を分析して、修正すれば済む場合がほとんどだと思います。

冷静に自分の状況を分析して、達成可能な目標に変更することは、後になってから、できなかった自分を責めるリスクが低くなりますから、「自分自身を大切にすること」につながります。

また、達成可能な目標を設定し直す練習にもなります。
人生にハプニングはつきもの。
怖れず慌てず、状況に柔軟に対応できるようになることは、「人生をうまく渡っていく上で必要なスキル」といえます。

そして、変更したとはいえ、自分で立てた目標を達成することができれば、そのことを通して自分自身が「自信」を持つことができるようになります。


静かに自分の心に気を向けて、「自分自身を大切にする」ことを考えながら、目標を達成した時の「自信」あふれる自分をイメージしてみることで、目標の修正がやりやすくなったり、もっと別の目標が考えつくかもしれませんね。

もう春はそこまでやってきています。
皆さんにとって素晴らしい春の芽吹きが訪れますように。



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   <title>京都「俵屋」の思い出　～そのまんまの心～</title>
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   <published>2012-02-20T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-02-20T15:00:05Z</updated>
   
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      <![CDATA[　先日、JRに乗っていたら、車内広告の、「そうだ京都、行こう」が目についた。その時、ふと、昔のことを思い出した。

　僕が奥さんと結婚したばかりの頃、僕の祖母と三人でよく旅行にでかけていた。
　祖母は僕の奥さんと相性が良かったので、三人での旅行をよく持ちかけてきて、奥さんもそれに応えてくれて、いろんなところに行った。
　その中で、印象に残っているのは、京都のお寺参りに行った折に泊まった旅館の老舗「俵屋」での出来事だ。
　
　「俵屋」は超有名な京都の老舗旅館だが、国内外で高い評価を受けているのはその接客にある、と言われる。
　いったいどんな接客なんだろうと、僕たちは興味津々でこの宿の門をくぐった。今から１０年以上昔の話である。

　僕たちが予約した部屋は最も安い部屋だったのだが、それは二階にあった。　
　ところが、祖母はその時にはすでに膝を悪くしていて、歩くのにも杖をついている状態だったのだが、祖母の勝ち気な性格から、はって二階を上がろうとするのを、俵屋の方は「１階の部屋をご用意しましたから」と祖母を連れて行ったのだった。
　１階の部屋に通された僕たちは、わざわざ僕たちのために用意しなおしてくれたのだと実感しないではいられなくなった。
　なぜなら、その部屋の生け花を新しいものに替えてくれたからだった。
　お客様にはその時の生け花をという心配りだったのだ。

　しかし、噂の俵屋の接客は、そんなところに神髄があるのではなかった。
　「まるで我が家に帰って来たような」と聞いていた接客は、本当にそのとおりで、僕たちの部屋のスタッフの方は、言葉に言い表せない、なんともいえない親しみをいつもたたえた距離と言動で、接してくれる。
　温かく、そして、適度な距離感があった。普通の、ありのままの態度、と言えばいいのだろうか。

　そのことを思い返すと、祖母の口癖のひとつだった「そのまんま」という言葉を思い出す。

　祖母は、人生で大切なのは３つの言葉で言い表せるといつも言っていた。
　その中のひとつが「そのまんま」だったのだ。

　人が、ありのままでいること。ありのままの自分でいること。
　そういう意味なのだと僕は解釈しているが、それは中々に難しい。
　
　僕はカウンセリングに出会う前、この「ありのままの自分でいる」ことを願いながら、あきらめてもいた。
　でも、カウンセリングを通じて、「ありのままの自分」に少しずつ近づいていけたのだと思う。

　今、カウンセラーとして、たくさんの方とお話をさせていただいていて思うようになったことは、人が一番のぞんでいるのは、この「ありのままの自分でいること」のように思う。

　そもそも「ありのままの自分」とは何だろう。
　僕も以前は、それがわからなかった。

　なぜわからないかというと、それは、人は成長していく過程で、たくさんの
重荷や鎧を背負ったり身につけていってしまうので、本来の自分が何なのか自分でもわからなくなってしまうからだと知った。

　その重荷や鎧とは、役割、義務、観念などのことだと心理学では説明する。

　「?しなければならない」「?するべきだ」「?してはいけない」という言葉で表される観念と呼ばれるものは、僕たちを縛ってしまい、そのような言動、ふるまいをしてしまうようになる。

　祖母は、たった一人で身一つで店を作って大きくした人で、その過程では随分、いろんなこと、例えば家や土地やお金にこだわったりしてきたと聞いた。

　しかし、晩年になって、隠居の身になってから、そうしたものよりももっと大切なもの、それは自分が見栄や気負いや様々に自らを装飾して見せることよりも、ただ「ありのまま」でいることの大切さを悟ったのだと思う。

　祖母は、最後まで俵屋の接客について、何も語らなかったので、どんな風にそれを感じていたのかはわからないのだが、僕はそんな風に感じていた。

　カウンセリングを学んだ今、どんな風に感じるのかはわからないけれど、ある種の「ありのまま」の姿だったのではないか、と思いをはせる。

　人は、どんな問題や課題やテーマに直面して、それを乗り越えたり、自分を高めたりしていっても、最終的には、この「ありのまま」の自分を追求していくことになるのだと思う。

　そんな「ありのまま」の姿に気づいていただくお手伝いができたら。
　そうしたカウンセラーになりたいと思った京都の思い出だった。
　


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   <title>バレンタインに始まった恥ずかしい恋</title>
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   <published>2012-02-13T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-02-13T15:00:04Z</updated>
   
   <summary>今日はバレンタインデーですね。 このコラムを書くに当たり、私の遠い過去のバレンタ...</summary>
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      <![CDATA[今日はバレンタインデーですね。

このコラムを書くに当たり、私の遠い過去のバレンタインに思いを巡らせていると、少々苦い出来事を思い出しました。


高校生の頃、とても好きな人がいました。
その頃の私は、自分でその人のことが　『好きだ』　と気づいた途端、気軽に話せなくなるほどシャイな女子でした。
そんなシャイな女子にも拘らず、基本は肉食というかハンターでしたので　『好き』　の気持ちを伝えたくてたまりません。
が、しかし、その彼には彼女がいて告白したくても出来ず、どうしたものかと思い悩んでいたところ、「どうやらあのカップルは別れたらしい」　という噂が！
その噂を耳にしたのは３年生の２学期の終わりころだったと思います。

「チャ～ンス♪高校卒業のこの年のバレンタイン！これしかないではないか！」

とてもお洒落な人だったので、とても気合を入れて洋服を選び数日前に吟味して選んだチョコレートを鞄に入れ彼の住む町の駅まで、ドキドキした私を乗せて電車は走ります。
途中、雪が降ってきて
「おぉっ！なんてロマンチック！！空が私の味方をしている♪」
ハンターの血も騒ぐってもんです。　

「よかったら、これ食べて」
ドキドキ考えた割にセリフ短っ！


ロマンチックな雪のせいか、短いセリフが功を奏したのか、なんと！
それがきっかけでその人とお付き合いすることになったのです＞▽＜♪

が、半年であっさり振られたのですT＿T

理由は多分　　　“私があまりに恥ずかしがり屋だったから”


今となっては　「君は恥というものを知らないのかい？」　と言われることもしばしばありますが、当時の私は何度も言うようですが非常にシャイだったのです。
せっかくお付き合いに発展し、デートに誘われおめかしして出かけてもあまりに恥ずかしすぎて、相手の目を見れないわ、会話は続かないわ。
何か聞かれたときに返事するのが精いっぱいでした。

デートを重ねてもほとんどの場合うつむき加減で会話は弾まず、彼からしたら　
「いつもつまらなさそうだな。僕といても楽しくないのかも」　と感じたのでしょう。
いえ、そう思ってくれていたならまだマシで、最後の方は妙な恐怖すら感じていたかも知れません。
なんせ常にうつむき加減で、なにか話題を振られても「フッ・・・」とうすら笑いを浮かべ
「うん」とか「すん」しか言わず、しずしずと半歩後ろを歩く女ですから・・・

しかし、私のこの当時の心の中はというと

「必死に服を選んだけど、おかしくないかな？あぁ、なんか全然彼と違うジャンルの服を着てきてしまった。ヒャーッ！無理無理、ランチを一緒に食べるなんて恥ずかしい～、どんな顔して食べればいいのだ？うっ！トイレに行きたいけどトイレに行きたいなんて恥ずかしくて言えない（アイドルかっ！）そういえば！化粧もそろそろ剥がれているのでは？！即刻トイレに行って化けの皮をかぶり直さなくてわっ！！」

とまぁ、どれだけ自意識過剰なんだ！というくらい彼のことはそっちのけで、自分にばかり意識が向き、言うならば　”ひとり悶絶大会”　です。
彼のことは見ずに自分しか見ていない状態ですね。
あの時の私に言ってやりたい。　　

「一人で遊べ」


『恥ずかしさ』という感情は少々やっかいですね。
”恥ずかしい”を感じると緊張してどんどん余裕がなくなり、顔を上げれなくなったりします。
すると、相手や周りが見えなくなりますね。

恥ずかしさを感じたとき、意識を自分の外に向けると乗り越えやすいです。
「自分の恥ずかしさより、彼は、周りはどう感じているだろう？」と。
そうすると、自分の恥ずかしさよりも大事なものが見えてきます。

恥ずかしいけど、でも　殻に閉じこもらずに気持ちを伝えようとしたり、行動したり、そこを乗り越えてゆこうとする人の姿は、健気で可愛らしく、素敵でかっこいいな、と思うのです。


”恥ずかしい”　を感じたとき、自分の外に意識を向けるチャレンジ、よかったらしてみてくださいね。



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   <title>壁を越える勇気</title>
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   <published>2012-02-06T15:00:00Z</published>
   <updated>2012-02-06T15:00:06Z</updated>
   
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      <![CDATA[こんにちは、北です。

私はよく太平洋戦争を題材にした映画を鑑賞します。
最近封切りされた役所広司さん主演の「聯合艦隊司令長官山本五十六」を見に行きました。

映画のストーリーの背景は史実に基づいているため、簡単に説明すると１９４１年当時日米開戦を回避するために手を尽くしたものの、大きな時代の流れにあらがうことはできず、山本五十六本人の意思とは裏腹に彼が望まなかった戦争への道を日本は突き進むことになります。その中で彼自身も皮肉なことに聯合艦隊司令長官として海軍の作戦指揮をとって戦わなければならなくなります。自分の本心（米国相手の戦争は全く勝算がない、絶対回避）とは立場上全く逆の事（如何にして勝つか）を考えなければならない、そして彼が出した答えは早期講話、そのために緒戦でどうやって相手の気持ちを萎えさせるほどの痛打を与えるかというものでした。

…なんて、こうやって文章を書いていると自分がつくづくマニアだなと感じます。

実はこれを書くのだって、正直勇気がいる事でした。

いや普段でもあまりこの手の話を人にすることもなく、文章に表現すると言うこともかなり抵抗があったのです。

それは、多分周囲の人から引かれるんじゃないかという恐れもあったのかもしれません。

で、これを妻にシェアーした時に彼女から指摘されたこと。
「自分がマニアであることを認めなさい」。

当然、最初は私はまさか自分がマニアである事を認めるなんてできませんでした。
自分がマニアである事を認めるだなんて、「自分が周囲の人から引かれる人間なのだ」と認めるに等しい感覚もってますから。

「マニアであることが何か悪いことのように感じている自分がいる」
或いは
「これを書いても引かれはしないか」。

でも、妻の次の言葉が、私にこの文章を書く力を与えてくれたのです．
「いいじゃない？別に好きなこと書けばかけば？」

要するに、後ろ押ししてもらえたと感じることができれば（つまり承認されたと感じることできたら）、意外にそのハードルは簡単に越せてしまったのでしょう。

以上の事から、誰かに何かの後ろ押しをしてもらったつまり承認されたと感じることは、その人の行動の原動力になったり、本人が越せないと感じているハードルでもあっさりと越せるほどの力になる可能性を秘めているのかもしれないと私は思います．

そしてそこから更に気づいたこと。

自信のない人を後ろからそっとサポートして前に進ませてあげるのに必要なのは勇気づけたり、励ましたりすることよりも、ありのままを認めてあげることなのかもしれません。
自信なく不安に陥っている時ほど「これでいいのだろうか？」とか「こんな風じゃだめかもしれない」という思いは強いでしょうから。

視点を変えれば、こちらが相手を承認することによって、その人に大きな力を与えることができると言うことかもしれませんね。

また、それは相手が何の気なしに発した些細な一言であったりするかもしれません。相手が覚えていなくても言われた方は意外と覚えているもので、知らず知らずの間にその人の人生を左右するような影響を与えているかも知れませんね。

で、今『認められていない』とおもっているあなた。
『認められること』ってのは、はもしかしたら、あなたの知らない所でひっそりと与えられているのかもしれません。



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