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2016年12月27日

どんな自分になりたいですか?

ありがとうございます。
岡田郁美(おかだいくみ)です。

もう少しで今年も終わり、新しい年になりますね。
今までの自分を振り返り、ご自身の変化を感じていただき、
来年、どんな自分になりたいか、思い描いてみませんか?


私の話になりますが、
カウンセラーになりたくて、4年前にカウンセリングサービスの母体、
神戸メンタルサービスのカウンセラー養成コースに入会し、
昨年、念願のプロカウンセラーになりました。


私は、普段は看護師をしています。
この4年間に、離職と復職を経験しました。

私は子供の頃から、自分の感情を感じないようにしてきたようでした。
それに気づいたのは、心理学を学び始め、
ヒーリングワークというものに参加したのがきっかけでした。

ヒーリングワークとは、
カウンセラー養成コースのカリキュラムにある癒しを体感するセミナーです。


頭では、寂しいや悲しい、嬉しいや楽しいなどの感情を理解できていましたが、
心で感じるということが、出来ていなかったようなのです。

ヒーリングワークに初めて参加した時は、なんだかわからないけれど、
とても感情が高ぶっていて、「また、行きたい」と思いました。

何回かヒーリングワークに参加しているうちに、
「仕事を辞めたい」と思うようになりました。


職場では、1年に何人もの方が、いろんなかたちでお亡くなりになります。

事故で亡くなられる方、
長い闘病生活の末に亡くなられる方、
ご家族に看取られ,亡くなられる方、
お一人で亡くなられる方、
本当にさまざまです。

感情を、心で感じるようになってからは、それに耐えられなくなったようでした。


病院を退職してからは、デイサービスで働いていました。
デイサービスは、お元気な高齢者の方が、主にご利用になります。

実際に看取ることはありませんでしたが、1年半の間に、数名の方の訃報がありました。
「どこで働いていても、私の仕事は、人の生死と関わることなのだ」と感じました。

哲学的な話になりますが、
自分の生まれてきた目的や使命みたいなものを受け容れたという感じです。

今年デイサービスを退職し、新規オープンのサ高住という高齢者施設に就職し、
訪問看護師として、施設のスタッフとして、入所者さまのケアをさせていただいております。

そこのスタッフはみんな転職組です。
そこで、スタッフが気持ちよく働けるようサポートしたいと思っています。

新しい職場で、カウンセラーとしての経験も活かせ、人の役に立てることがとても嬉しいです。

心理学を学び始めた頃、感情を抑える自分のパターンが、
子供の頃の親子関係にルーツがあると知り、親を恨んだこともありました。

心理学を学ぶだけでなく、実際にカウンセリングを受け、癒しをすすめていき、
時間はかかりましたが、親を許せるようになりました。

感情を感じないように抑えるパターンは、
感性の繊細さや優しい心を、辛い経験から守るためであったようです。


仕事柄、感覚というものがとても大切になってきます。
もちろん、人を思いやる優しさも。

癒しをすすめて、自分の持っているよいものを、ずいぶん受け容られるようになりました。

また、感情を抑えて仕事をすることは、
緊急時に、冷静な判断ができるというメリットがあるということも、最近実感しました。


このようなことを、「問題の向こうにギフトがある」といいます。

この「ギフト」というのは、その人の持っている個性や才能のことです。


私は、紆余曲折しながらも、癒しをすすめ、自分の個性や才能を受け取り、
「仕事が楽しくてしょうがない」と思えるようになりました。


私の幸せは、
まわりの人が幸せを感じて、笑顔でいてくれること。
その人が、その人らしく生きるために、役に立てること。


心から、そう思えるようになったことに、本当に、感謝しています。


今、辛い状況におられる方、
自分が苦しいのを何とかしたいと思われている方、

必ず、そこから抜けられます。


そして、あなたの素晴しいギフトを受け取り、
幸せを感じられるようになると、信じてください。


どうか、あきらめないでくださいね。


自分の使命みたいなものを受け容れる時、
「私は、どうしたいか?」
を考えました。けれど、迷いが出てきました。

次に、
「私は、どうありたいか?」
を考えました。

・ご機嫌でいること
・笑顔でいること
・自分から、挨拶する
・してほしいことは、自分からする
・自分に正直でいる
・自分を受け入れる
・自分を信頼する
・目の前の人を喜ばせる
・あきらめない
など、
自分のあり方について、書き出しました。


そして、
「自分のまわりの人を幸せにしたい」
「そのために、自分が幸せを連鎖させる人になろう!」
そうコミット(覚悟を決める)ことができました。

すると、まわりから頼りにされるようになりました。
なりたい自分に近づいていきました。

あなたは、どんな自分になりたいですか?


この機会に、思い描いてみてくださいね。


上手くイメージができない時や、迷った時は、

「自分は、どうしたい?」
「自分は、どうありたい?」

と、ご自身に問いかけてみてくださいね。


自分の幸せにコミットできるかもしれませんよ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

よいお年をお迎えくださいませ。

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2016年12月20日

部屋の片づけに想う

みなさん、お部屋の片づけは得意ですか?
お部屋の片づけに関する相談を受ける事は時々あったりしますが、みなさんはどのようなお部屋にお過ごしでしょうか。

実は私は、あまり片付けは得意ではありません。
もう少し言えば、ちょっと散らかっているぐらいが好きです。

たまに何かの拍子にやる気を出して、「よし、今日は片付けをするか!」とやり始めると、これは結構楽しいのですが、30分もするとすぐに片付いてしまいます。
でも、片付いた後の部屋は、なんだか妙にサッパリしていまっていて、「前の方が落ち着くなぁ・・・」なんて思ったりする事もあります。
しまったばかりの本やCDを、「あ、まだ読みかけだったんだ。どうせまた出すから、近くに置いておこう」なんて、また出してしまう事なんかもあったりします。


よく、テレビドラマなどで、山のように書類の積まれたデスクで仕事をしている記者さんや刑事さんなどが出てきて、同僚にデスクの事を言われると、「俺はこの状態が一番仕事がしやすいんだ!」なんて言っているシーンを見かける事があります。

私はそういうシーンを見ると、「ああ、わかるわかる」とちょっと思ってしまいます。
多分、その人にとっては、どこに何があるのかわかっていて、すぐに手の届く所においてあるんだろうなーとか、片付けに使う時間も惜しいぐらい仕事をしたいんだろうなーとか、その人なりのポリシーがあるのだろうなと思います。


考えてみると、個人のお部屋の中というのは、その人の最もプライベートな空間で、その人の個性が最も反映される場所と言えます。
お部屋の中においてあるモノは、自分が買ってきたものであったり、もらってきたモノであったり、あるいはたまたま捨てていないだけであったとしても、みんなどこかに「自分の意志」が反映されている事になります。

少し大げさに言えば、「お部屋の中は、自分の心の中」みたいだと言ってもいいかも知れません。
キッチリと片付いたお部屋に住みたい人は、人生もキッチリと片付いていて欲しい、と思いやすそうです。
どこに何があるかすぐにわかるのがいい、という人は、人生に対してもそうかも知れません。


最近では、お片付けに関する本なども沢山出ているようですが、読んでみるとなかなか面白かったりします。
お片付けのプロから見ても、片付けは単なるテクニックの話ではなく、心の中の状態と関係がある、という見解を持っている人が多いようです。

そういう本を目にすると、「うーん、この本の作者さんは、人間心理をよくわかってらっしゃるなぁ!」と感心してしまいます。
そして、少し散らかっている自分の部屋を見て、「この部屋は、私のどんな心理をあらわしているのだろうか・・・」なんて自己分析をしてみたりもします。


***


ところで皆さんは、家族やお友達のお部屋に入った時に、自分の部屋と全然違っていてびっくりした事は無いでしょうか?
私は、結構よくあります。

たとえば、私の弟の部屋は、モノが少なくて、デスクとパソコンとベッドがあるだけ、床の上にも何も落ちていない、シンプルな部屋です。
私は、自分の部屋の事を棚に上げて、「よくこんな部屋に住めるなぁ」と思ってしまいます。

妹の部屋は、どこの国のものだかよくわからない民芸品とか、全然かわいくないマスコットキャラとか、何に使うのか分からないインテリアグッズみたいなものが置いてあったりします。
これにも、びっくりしてしまいます。

父の部屋も、なかなかです。
職人なので、工具などが壁一面にかけられており、お部屋というよりは工場の中のような様子です。匂いも、生活臭が無く、機械の油のような、自動車修理工場のような匂いがします。

父の実家のおばあちゃんの家は、家全体にモノが何もなく、「本当に人が住んでるのか?」というぐらい生活感がありません。しかも、そんな状態が、私が子供の頃から、ずっとそのまま続いています。

どの部屋を見ても、「よくこんな部屋に住めるなぁ」と思ってしまいます。

でも、きっと、他の人が私の部屋を見ても、同じように思うのかなと思います。
部屋の中は、その人の個性そのもの。人がそれぞれ違っているように、お部屋の中の様子も違っていて当然なのでしょう。
ついつい、「片付けなくては!」とか「もっとオシャレでなくては!」と思ってしまいそうですが、あなたにとって居心地の良い部屋であれば、それでいいのかも知れませんね。


みなさんは、どんなお部屋に住んでいるでしょうか?
片付いている?ちょっと散らかっている?漫画がたくさんとか、ゲームが沢山?
美容器具や健康器具でいっぱい?インテリアグッズなどは使う方、一切使わない方?必要なものが、すぐに取り出せる?

どんなお部屋でも、あなたにとって居心地の良い、住みやすいお部屋であるといいですね。
そして、気分を変えたいときや人生を変えたいとき、まずはお部屋の中を変えてみるのも、ひとつの方法かも知れません。

私も、まずはゴミを出して、床の掃除をして、出しっぱなしの本やCDを片付けようと思いました。
でも、今日はちょっと疲れたので、また今度やろうと思います・・・^^

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2016年12月13日

一冊の雑誌が、私にもたらしたもの

今年の春から秋にかけての半年間、NHKの朝の連続ドラマは「とと姉ちゃん」で、雑誌「あなたの暮し」を刊行した女性の物語でした。
私はこのドラマをずっと見続けたわけではありませんが、この雑誌のモデルが「暮しの手帖」と聞いて、とても懐かしい思いに駆られました。

「暮しの手帖」は長い間、母が定期購読していた雑誌でした。
昭和30年代あたりからの本が、我が家の本棚に並んでいたのを覚えています。
母の読んでいた雑誌ですから、その頃小学生だった私には何の興味もなかったのですが、ふとしたことから私も読むようになりました。

それは小学校4年生の冬休み。
私は元々扁桃腺が弱くて風邪を引くとすぐに高熱を出していたので、冬休みの間に扁桃腺の手術をすることになりました。
「クリスマス前に手術すれば、お正月は家で過ごせるよ。」
そう言われていました。

私はやんちゃな子どもだったので、しょっちゅう叱られていましたが、入院なんてすると急に母が優しく接してくれたので、それは何だか嬉しく感じました。
普段は「勉強できんようになるから、マンガは読んだらあかん。」と言われていましたが、入院中は"少女フレンド"だとか"マーガレット""りぼん"など大好きな少女マンガをいろいろ買ってくれたものでした。

ところが、だんだん飽きてくるんですよね。
『もう、これも読んだしあれも読んだ、つまんないな~!』

ふと、サイドテーブルを見ると付き添いの母が家から持ってきていた「暮しの手帖」がありました。
『大人の雑誌って、何が書いてあるんやろ?』
好奇心に駆られて、ペラペラとめくってみました。

日々の暮しに必要な、さまざまな商品のテストを重ねて、徹底的に調べ、検証していくことで有名な雑誌ですが、その頃の私はそんなことなど知りません。
その時見た特集記事は"火事"でした。
おりしも季節は、火事の多発する冬。
何と、家一軒を燃やして実験し、家庭で火が出た時の対処法について、こと細かく書いてありました。
子ども心に、食い入るように見てしまいました。
『ずごいなぁ、こんなこと実験してるんや~。』

このコラムを書くに当たって、本当にそんな記事が載っていたのか調べてみました。
もしかしたら私の記憶違いかもしれませんから。
すると、確かに昭和41年発売の第87号に「火事をテストする」というタイトルで載っていました。
子どもの時の記憶って、すごいですね。
それ以来、私はすっかり「暮しの手帖」のファンになってしまいました。

その後もずっと、我が家ではこの雑誌を購読していましたが、そこに書かれていることは集約すれば【日々の暮しの大切さ】ということに尽きるのではないかと思うのです。
当たり前の日常を大切にすることは、自分を大切にすることにつながります。
自分を大切にする人は、自分以外の人をも大切に出来ます。

先日、本当に久しぶりに最新号を手にしてみました。
表紙を開くと、創刊号から変わることなく書かれている一文があります。

「これは あなたの手帖です
 いろいろのことが ここには書きつけてある
 この中の どれか 一つ二つは
 すぐ今日 あなたの暮しに役立ち
 せめて どれか もう一つ二つは
 すぐには役に立たないように見えても
 やがて こころの底ふかく沈んで
 いつか あなたの暮し方を変えてしまう
 そんなふうな
 これは あなたの暮しの手帖です 」

天才編集者と呼ばれた花森安治氏の言葉です。

豊かな暮しとは、豪邸に住んでセレブな暮らしをすることだけを言うのではなく、日常のホンの小さなことにスポットを当てて、大きく喜べることではないのかな?
と、今の私が思うのは、この雑誌の影響が少なからずあるなと改めて感じます。

長年愛読してきた雑誌でしたが、阪神大震災の時に自宅が全壊し、取り壊さざるを得なくなった時、「暮しの手帖」も処分してしまいました。
それ以来、たまに手にする程度になってしまいましたが、私の日々の暮らしの中に、【こころの底ふかく沈んだ】考え方は生かされているようです。

人でも物でも、長く関わってきたものには、大きな意味と影響力がある・・・

私はそう、思っています。

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2016年12月 6日

100万分の1の奇跡

超自立で生きている時はわからなかったこと、見えなかったことが見えてきたり感じられるようになって、ちょっと前の無知だった自分を恥ずかしく、それでいて愛おしく感じることが多々あります。

それはそれで自分なりに「私が何とかしなかれば!」とがんばった証に違いないのですが、「あら、まあ」といった具合に、受け止めることができるようになった時のお話です。

今でも時々、無駄に肩に力が入ってしまうことはあるのですが、本当にあの頃は、自分がどれだけ肩に力が入っているのかさえ気づけないほど、夢中で駆け抜けてきたのだと思います。

たとえそれが試練でも、自分にとって受け取ることが当然の試練だと思っていると、もっと楽で簡単に抜けられる方法をたとえ誰かに教えてもらったとしてもなかなか受け取れないものです。

当時の私は、逆境にも負けずに困難を乗り越えてひたすら進んで行くのが自分らしいと信じて疑わなかったんでしょうね(笑)

「自分の現実は自分が創造している」とはよく言ったものです(汗)

「止まったら動けなくなるのではないか?」
そんな恐怖心とストレスをいっぱい抱えて生きていたんだと思います。

* * *

では、その意味が少しばかり理解できるようになった今の私は、その頃と何が違うのだろうかと、少し振り返ってみました。

昔の私は、自分の限界がすべての限界だと思っていたけど、今の私は、あの頃にはなかった『奇跡』というものを信じれるようになっているのだと思います。

そう、自分のパワーだけが頼りだったあの頃は、自分の可能性と能力を試したりできる代わりに自分自身がその限界にもなっていました。

心理学やスピリチュアルを学びはじめて私に起こった変化は、これまでの限界を打ち破り、別の可能性への道を開いてくれました。

それそのものが今思えば、私にとっての奇跡のような体験でした。

「ひとりでがんばらなくてもいいんだよ」

この言葉にどれだけ励まされたことか。

* * *

「ひとりでがんばらなくてもいいんだよ」

少し後になってからのことですが、実際は、日常の中でもこんな風に手を差し伸べようとしてくれていた人が、沢山たくさんいたことを思い出して、涙が溢れるようなときもありました。


この限界を認めるのって本当に辛くて苦しくて悔しいのだけど、今思えば、もっとサッサと抜けても良かったのに・・・と思うところなのであります。


もし、今、あなたが、何らかの限界を感じて、行き詰っているのなら・・・。
もし、今、あなたが、絶望のふちにいて、動けないでいるのなら・・・。
もし、今、あなたが、悲しみの海に溺れかけているのなら・・・。
もし、今、あなたが、怒りの炎の中にいて自らを丸焦げにしそうなら・・・。

100万分の1でいいから、奇跡を信じてみませんか?

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