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2015年12月29日

2015年を振り返って、2016年におもうこと。

皆さま、こんにちは。
今回、初めてコラムを担当させていただきます、はたのえり です。
どうぞよろしくお願いいたします。


今年も残すところあと3日となりました。
2015年は皆さまにとって、どんな1年だったでしょうか。
一番嬉しかったことは何ですか?一番楽しかったことは?びっくりしたこと、一番悲しかったことは?もう、振り返りを終え、来年に意識が向いている方もいらっしゃるかも知れませんね。


私にとって、2015年は、大きな変化の年でした。その影響か、ここ数日は自分の今まで、を振り返って考える事が多く、多忙な年末を更にややこしいものにしています。


私の今年一番の変化はやはり、カウンセラーとして活動を始めたことです。
ちょうど3年前の今頃、私は真っ暗闇のどん底におりました。
半ばヤケ気味に、それでも勇気を振り絞って、藁をもすがる思いでカウンセリング予約センターに電話をし、勢いで心理学を学び始めました。この状況を変えたい、何とか変わりたい、その一心で夢中になって突っ走り、たくさんの人に助けてもらった3年間。今年はそれがひとつの形になって、実現した年でした。


もう一つの大きな変化は、40歳になったこと。
自分の意志では全くコントロールできない、時間の経過によってもたらされる変化です。
年齢もですが、卒業、就職など、環境が変わることによって変化せざるを得ないときもありますね。
40歳くらいになったら、こんな女性になっていたいな、と20歳の頃に漠然と描いていた「大人の女性」のイメージに、何となく合っている所もあり、それってどう?と当時の私に思われるであろう、情けない私もあり。でも、当時描いた40歳の私が、いま叶えている現実もいくつかあります。
例えば、おかげさまで子供達も大きくなり、反抗期真っただ中。健やかに成長していること。
当時はどんな仕事をしていたいかもわからず、ただ好きな仕事を楽しくやっていると考えていましたが、今こうして好きなお仕事もできていること。当たり前の毎日が幸せだな、と感じられるようにもなりました。
そう思うと、人はやっぱり、願ったように進んでいくのだな、と思います。
あぁそういえば、辛い事も色々あったけれど、それを乗り越えて幸せに生きている、とか何とか考えていたような気もします。じゃあ、3年前のどん底も20歳の私の願ったこと、ということになりますね。


"未来の自分のイメージを具体的に持っておくといいですよ。"
カウンセリングや学びの中で、幾度となく、そう教えてもらいました。
人のこころって、願った事を実現するよう、ちゃんと働いてくれるみたいです。
だから、「来年の私は○○をしています。」「**ができる様になり、誰かの役に立てている幸せを感じながら、充実した毎日を送っています。」こんな風に、来年の計を立ててみると良いかもしれません。
○○ができたらいいな、とか、○○になったらいいな、ではなく、○○をしています。と肯定形・現在進行形で自分のこころに言ってあげることがとっても大切です。できたらいいな、はできないが前提にある言葉なんですね。すると、こころはできない方を理解し、進めていきます。
辛い事があったけど、とくっつけるのもやめておいた方が良いですね(汗)。ちゃんと実現しちゃいますから。


あと3日で年が明けます。
皆さまは、来年、どんな年にしたいですか?今年1年を振り返って、頑張ったこと、できたことをたくさん認め、自分をいっぱいほめてあげたら。
来年に思いをはせてみてください。


もっともっと、ワクワクがいっぱいの、楽しくて充実した1年にしたいな、と私もワクワクしてきました。
カウンセラーとして、41歳の女性として、母として、妻として。他にもいっぱい(笑)。
来年はもっともっと、大きく成長しています。


皆さまの1年が、幸せに包まれ、キラキラ輝く光に満ちた、素敵な1年でありますように。


今年1年、本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


どうぞ、良いお年をお迎えくださいませ。

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2015年12月22日

~赤・白・黒が織りなした物語~

色には、それぞれが持つイメージがありますね。
今の季節なら、クリスマスカラーとして、赤・緑・金という色を使うだけで何だか心がウキウキしてきます。
そして、情熱の赤、清楚な白、シックな黒。
この取り合わせは、とてもモダンに感じます。

私は昔、ある洋菓子メーカーに勤めていたことがありました。
お菓子会社というと、お菓子を作ったり、販売したりという仕事を思いつかれるかもしれませんが、製造販売の部門ではなくて、本社で事務系の仕事をしていた時のことです。

その洋菓子メーカーは、主に贈答用の商品を扱っていました。
洋菓子に限らず、どんな商品にも言えることですが、お客様に商品をアピールするのにパッケージデザインというのは、とても重要です。
企画を担当している部門では、新製品を出す時やパッケージをリニューアルする時には、イメージを大切にして準備を進めているようでした。

ある時、人気商品のパッケージがリニューアルされたのです。
外箱は深紅に金色をあしらっていて、高級感があります。
フタを開けると、白と黒に個別包装をされた焼き菓子が詰められていて、実にモダンでおしゃれに見えました。
「あらっ、ステキねぇ。これなら誰かにプレゼントしたくなるわね。」
そう思わせるものがありましたので、売れ行きは順調のようでした。

その会社には≪お客様相談室≫という係りがありました。
主にお客様のクレーム処理をするようなところです。
私はその係りと同系列の部署にいたので、そこでの情報を時折垣間見ることがありました。

ある時、お客様から1通のお手紙が届いたのです。
今ならメールで届くことが多いでしょうが、その頃は手紙が主流でした。
達筆なその手紙には、お菓子が人の暮らしの中に溶け込んで、どのような影響を及ぼしているかが書かれていました。
今も明確に覚えているその内容を、要約してお伝えしたいと思います。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜

御社のお菓子が好きで、手土産やお茶うけとして愛用しています。

先日、兄が病気で入院して手術を受けることになりました。
私たち身内の者は手術の間、待合室で待つことになっていましたので、その時のお茶菓子として〇〇という焼き菓子のセットを買って持っていきました。
長い手術になるようでしたので、美味しいお菓子を出して、皆に一息ついてもらうつもりでした。

手術が始まってしばらく経った頃を見計らって、お茶を入れました。
赤い箱を開けて、お皿にお菓子を盛った時、思わず『あっ!』と心の中で叫んでしまいました。
お皿には、白と黒で包装されたお菓子が並んでいたのです。

白と黒・・・、こんな時に縁起でもない!

箱詰めされている時には、まったく気が付きませんでした。
赤い箱に詰められたモノトーンの白と黒は、とても粋に見えていましたから・・・。
結局、黒い包装のものは取り除き、白いものだけをお皿に乗せて出しました。

おかげさまで、兄の手術は無事に終わり順調に回復しています。
けれど、この出来事から、ぜひお願いしたいと思うことがあります。

御社のお菓子は、贈答に使われることが多いです。
「お礼」や「お祝い」、あるいは「お見舞い」に使われることもあるでしょう。
赤に金をあしらった外箱も含めてのデザインであるとは思いますが、中身を取りだした時に白と黒が並ぶのはいかがなものでしょうか?
少なくとも、喜びの席には似つかわしくないと思うのです。

デザインの変更についてご一考いただければと、願っています。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜


お客様相談室は、社長に直結しています。
この手紙を見られた当時の社長は、即決でデザイン変更を担当部署に伝えました。

"美味しいお菓子は、人の喜びを2倍にし、悲しみを半減させる"
それをモットーにしていましたから、自社製品が不吉な連想をさせることなど、考えも及ばないことだったのでしょう。
この手紙は、読む人の心を揺り動かすものでした。

色に罪はありません。
どの色も美しく、使い方によって、それぞれ人の心に響くものがあります。
結局、色にどのような意味づけをするかは、その人次第なんですよね。


私たちの日々の暮らしの中でも、"そんなつもりではなかった"と思うような出来事があります。
思いもよらなかった受けとめ方をされたり、してしまったり。
そんな時は『ああ、そういう考え方もあるのか。』と気付き、素直にその考え方をとらえて、誠実に対応していくことが大切なんでしょうね。


華やかなイベントの多いこの季節に、ふっと思い出した、赤・白・黒の三色が織りなしたお話でした。

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2015年12月15日

断捨離で出会った女の幸せと母からの想い

こんにちは、大みぞなおみです。

年末に向け、断捨離熱が高まっています。
洋服、靴、バック、本、CD、DVD、使わなくなったカーペット、
捨てるのが面倒で壊れたまま押し入れに隠していた家電などなど
奥地へとしまい込まれていたものたちをも、勇気を持って発掘し、
エイヤっと処分しました。

おかげでクローゼットも押し入れもスッキリ、スペースにも余裕が
できました。使いやすさを考えて、しまう場所を改めたり古くなっ
たものを新調したりして暮らしも快適。断捨離いいことづくめです。

先日、今年最後になるであろう大きな断捨離をしました。私にとっ
てラスボス的存在であり、ずっと後回しにしてきてしまったもの...
それは食器でした。

後回しにしてしまうことにはそれなりの理由があるものです。
それなりの理由...何とな~く、重くネガティブな想いを感じること
になりそうな気がしてそれで回避しちゃうんだと思います。罪悪感
だったり寂しさだったり、痛い思い出だったり...。うっかりそれを
感じたくないから、つい後回しにしてしまう...そういうことって結
構あると思うのですね。

私の場合はというと...食器を通して、どうやら母への罪悪感を感じ
てしまうようで...それがイヤで食器の断捨離には、なかなか取り掛
かれなかったようです。考えてみたら結婚して15年、ほとんど食
器を捨てたことはありませんでした。

我が家の食器は私の結婚を機に、母から譲ってもらったものがほと
んどでした。結婚前に母と一緒に買ったものや、実家で使っていた
ものをおさがりでもらったり、「いいものだから」と半ば強引に押
しつけられて、使わないまましまい込んでいたものもありました。

私は食器に対してこだわりがない女だったので、ありがたい気持ち
でずっと使ってきたのですが、ここ数年、これらの食器に対して違
和感が芽生えていました。

私のしたい暮らしや作りたい料理に合わない、なんかしっくりこな
いんだよな...考えてみたら、これらの食器は母の好きなものであっ
て、私が好きで選んだものではないんだな...と、気づいたんです。

そう気づいてしまうと...ああ、なんだか楽しくない...料理も洗いも
のも、やってて気持ちが弾まない...たかが食器と思うなかれ、使う
ものが好きなものか、そうじゃないかは主婦にとって、女にとって
は、結構に大事なことなのです。

とはいえ、使えるものを買い替えるなんてもったいないし...何より私
にとっては、母からもらったものに対して「いらない、必要ない」と
感じてしまうことにも、それを捨てることにも、大きな罪悪感があっ
たのです。こうして我が家の食器は、断捨離のラスボスとして居残り
続けていたのでした。

「いらない、必要ない」と感じることへの罪悪感...これは私の中にあ
る、母からの影響力、母との古い関係性への想いそのものでした。

子供は誰しも母親が大好きです。母を喜ばせたい、期待に応えたい...
そうやって母に愛されたくて、子供は多くのことを頑張るものですが...
私はそれがめちゃくちゃ強い子供でした。

それは大人になってからもずっと続き、母の好みや期待というものを
意識し続けていました。でもそれだと...自分の好きなように生きること
が、母を寂しくさせたり裏切ることのように感じてしまって、苦しかっ
たり自分らしさが何なのかわからず、生き辛くなっていました。

母への想い、母からの想いが強すぎる場合、想いと想いがくっついてし
まって子が生き辛くなったり、母から離れることに罪悪感を持つことが
あります。これを心理学用語で「母子癒着」というのですが、私が心理
学の世界に入ったのは、この癒着をひっぺがして自由に自分らしく生き
るためだったのでした。

何にもとらわれず自由に生きたい、自分の好みや自分らしさを貫きたい。
ここ数年そう思い続け、それを実行してきたように思います。服装も言動
も生活も、自分らしさを大切にできるようになってきて、ずいぶん自由に
軽くなった気でいましたが...癒着の罪悪感は食器という形で、私の日常
に、まだまだ寄り添いひそんでいたのでした。気付いた時は「ひえ~っ...」
て感じでした。

そうわかったので、癒着ごと食器を断捨離しようと決めました。思い切っ
て買い替え、一新することにしました。新しい食器はどれも高価なもので
はありません。でも、自分の好きなもの、家族が好きな料理に似合うなも
の、我が家の暮らしに合うものを、一つ一つ選ぶのは、とても幸せな作業
でした。

食器棚を空っぽにして新しい食器をしまうとその美しいこと!感動です!
食器の組み合わせを考え、盛り付けも丁寧に。こうことも女の幸せだった
りしませんか?家族にも「お~、新しいのいいね」なんて言われてごきげ
んです。これが私の暮らし、我が家の食卓って感じ...満たされる思いです。

さて、母からもらった食器ですが、多くは手放すことにしました。罪悪感
を味わうのを恐れて、断捨離を後回しにしてきたわけですが、結果として
はこの作業、苦しいものではありませんでした。

食器一枚一枚に想い出があります。私が子供の頃から母の料理を乗せて使っ
てきたお皿も、新婚時代に使ったお皿も、息子がまだ赤ちゃんのとき、始
めてのバースデーケーキを乗せたお皿もありました。

残そうと思えば残せるけれど、もう使うことはないしただ場所をとるばかり。
今まで本当にありがとう、おかげでここまで来れました。心から感謝を送り、
お別れをしました。ごめんねや寂しさもありましたが、なりたい自分や家族
にふさわしい暮らしのためだから、手放すことができました。処分が終わる
と、とても清々しい気分...

全てを捨てたのではなく、慎重に選び、残したものもあります。母がくれた
食器の中には、改めて見ると、年齢重ねてこそ、使うにふさわしいものがた
くさんありました。若い頃はわからなかったけど、この年齢になったからわ
かる、価値のある食器もあったのです。母はこんな日が来ることも見越して
私に食器を持たせたのでしょう。

朱塗りの夫婦茶碗やどっしりした湯呑みなどは、日常使いはしなくても、特別
な日には使おうかな。そんなゆとりのある日々を過ごせる大人になっていくの
も素敵なことかも。そう思うと、母のくれた食器への思いは、罪悪感からとて
も愛おしいものに変わり、今後年を重ねながら、使う楽しみになりました。
母の愛を改めて受け取り直すこともでき、改めて深い感謝の気持ちが芽生えて
います。

罪悪感と向き合い、なりたい自分を選び、今までの自分と罪悪感を手放したら、
たくさんの喜びと楽しみと愛に出会うことができました。ネガティブと向き合
うのって何度やっても怖いけど、必ずご褒美があるんですよね。頑張ってよかっ
たです。

これからの年末イベントの食卓を、新しい食器とともに、新年は特別な食器も
一緒に使って、楽しく大切に過ごしたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。

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2015年12月 8日

お誕生日の思い出

みなさま、こんにちは
岡田郁美(おかだいくみ)です。

12月になりましたね。
クリスマスシーズン真っ盛りですね。

12月は、私のお誕生月です。


お誕生日と言えば、まわりの人から祝ってもらうというイメージがありませんか?

約15年前の誕生日までは、私はそう思っていました。


15年程前の私は、田舎の自営業の長男に嫁ぎ、男の子を2人出産し、
自営業の経理担当として一応仕事もしながら、一見幸せな生活を送っていました。

実際は、嫁として、妻として、母としての役割にどっぷりハマり、
毎日死んだような生活を送っていました。


そんな時に、実家の母から、
「今日はお誕生日ですね。おめでとう! 生んでくれてありがとう!と、お母さんに言う日ですね」
と、メールが届きました。

私は、幸せを感じられず、辛い毎日を過ごしていましたので、、
「生んでくれてありがとう」なんてこれっぽっちも思えるはずもなく、

「今、こんなに辛いのに、生んでくれてありがとうなんて思えないから!」
と、返信しました。

この返信をしてから数日後、車の運転ができない母は、
父の仕事がお休みの日に、父と一緒に家を訪ねてきました。


私は、自分の誕生日に、母親に「生んでくれてりがとう」を言う代わりに、
「生んでくれなんて頼んだ覚えはない。バカ野郎!」
という気持ちを伝えました。

どうやら、私は「助けて!」というサインを送り、
母は、そのメールが、私からのSOSだと気づいたようでした。

その数年前から、私の兄は心の病いで、通院治療を受けており、
家庭がありながらも、仕事を休みがちになっていました。

母は、兄のことで頭がいっぱいで、私のことまで気が回らなかったと、私に謝罪しました。

これからは、兄のことも、私のことも、両方気にかけるようにするとも言ってくれました。


兄は子供の頃、とてもやんちゃで手のかかる子でした。
私は女の子だったこともあり、大人しくて、ほとんど手のかからない子だったそうです。

子供の頃、兄に手を焼いてはいるものの、気にかけ面倒をみている母を見て
「お母さんは、お兄ちゃんの方が可愛くて、愛しているのだな」と、思っていました。

子供の頃に母にかまってもらえなかった思いが、
大人になってから、このような形で出るとは、思ってもいませんでした。


このことがきっかけとなり、
誰にも頼ることできず、どっぷり役割にはまり、死んだように生きていた私が、
少しずつ母に甘え、頼ることができるようになっていきました。

心理学を学びはじめて、子供の頃、両親の夫婦仲が悪かったことや、
子供の私に父の悪口を話していた母に対し、とても怒っていたということに気づきました。


カウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスの
ヒーリングワークでのグループワークでは、許せない人を許すという実習をしたりします。

ロールプレイという手法を使い、
参加者の1人に許せない人の役になってもらい、その人に感謝を伝えます。
(感謝には、許しの効果があるといわれています)


この実習をして、母に対する怒りが、ちょっぴり軽くなったような気がしました。


両親に、特に、母親に対して怒りがあると気づき、
ヒーリングワークでの実習で、心が少し軽くなったこともあり、
神戸メンタルサービスカウンセラー養成コースの受講生になって初めての自分の誕生日に、
形だけでもと「生んでくれてありがとう」と、両親に言ってみました。

すると、両親は、とても喜びました。


心から言っているわけではないのに喜ぶ両親を見て、
心からそう思えない自分を責める気持ちが出てきました。

そんな時、「本当の許しは、自分を許すこと」だと、教えてもらいました。

そして、両親を許せない自分を許すことから始めました。

すると、自分が感じていた罪悪感が、少し軽くなったような気がしました。

それからは、毎年、自分の誕生日には、
両親に「生んでくれてありがとう」と、言葉で伝えるようにしています。


言いたくない時もありますが、そんな時は、
「もしかしたら、明日交通事故で死んでしまうかもしれない(私、または父か母が...))と思い、
「悔いが残らないように」と、自分に言い聞かせながら、感謝を伝えています。

今年も、その時期がやってきたようです。


今年は、「生んでくれてありがとう」だけでなく、

「私が辛かった時、助けてくれて、今まで見守ってくれて、ありがとう!」

と、感謝の手紙を書いて、伝えたいと思います。


もし、あなたが

「親のことが許せない」と思っていたとしたら、

「自分は、親にとても怒っていて、許したくない」

そう思っているご自分を、まずは、許してあげてくださいね。


そして、今、辛いのだとしたら、どうか、SOSのサインを出してくださいね。

まずは、あなたが

・楽になること
・幸せになること

これを、一番に考えてほしいと思います。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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2015年12月 1日

健康志向と歳をとったなーという感覚。

私は、普段、菜食主義と言う程でも無いのですが、肉はあまり食べない方です。

普段の食事は、肉よりもどちらかといえば魚が多いのですが、最近は、魚も減らし、より菜食に近づいている気がします。
(質素になってきたと言えるかもしれません。)

学生の頃なんかは、ビックマックとガストのハンバーグが大好きだったりしておりまして、その頃から考えたらとんでもない変化だなとも思っています。

昔からの変化と言うのは、他にもいろいろありまして、学生の頃はパチンコも大好きだし、車もスポーツカーに乗っていました。

でも今は、ギャンブル的な事に興味が無くなったり、スポーツカーに興味が無くなったりしています。

我慢とかでは無いんです。

単に興味の対象で無くなったという感じなんです。

自分では、こういった変化をとても良い事だと感じています。

心が穏やかになっていっているといいますか、落ち着いてきているといいますか。

けれども、この事を友人に話すと、さくっと一言。

「歳、とったんだね。」

と。。。

自分では、自分の心が癒され、心が穏やかに落ち着いてきたものかと思っていたのですが。。。

確かに、よくよく考えてみれば、菜食主義で、ギャンブルもスポーツカーも興味が無いなんて、どちらかと言えば、おじいちゃんっぽい!

でも、(自分の場合大した事ないですが)ギラギラしていて、野望と言うか欲望の多かった若い頃は、心がいつも何かを求め、確かに若いし行動力もあったりする訳ですが、その頃と今とどちらが幸せかと言えば、それは今の方が断然幸せだと感じています。

若い頃は、歳をとるというのは、体も衰えるし、あまりいい事だとは思っていませんでした。

どちらかと言えば、嫌だなーって感じです。

でも、歳をとるごとに心が落ち着いてくるならば、歳をとるのも悪くないものかもと最近は思っています。

他にも考え方もずいぶん変わってきたと思っています。

ちょっと前までは、人より優秀で、仕事も出来る方がいいものだと思っていました。

苦手があればチャレンジして乗り越えようとか、克服しようとか。

そんなことばかり考えていたような気がします。

もちろん、それは悪い事ではないかもしれませんが、最近は少し考えが変わってきまして、人の事気にせずマイペースでいこうとか、苦手を克服するよりも、もっと好きな事をしようとか、そんな考えが大きなウエイトを占めてきました。

でも、頑張っている人を応援したい気持ちは、逆に強くなったかもしれません。

自分が頑張らない分だけ、頑張っている人と心理的な競争が無くなったので、むしろ思う存分応援できるようになったのかなと思っています。

ずいぶんと、考えが変わったなと思います。

いえ、単に歳をとっただけかもしれません。

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