« 2015年1月 | メイン | 2015年3月 »

2015年2月24日

「大人はいいよな~。」から学ぶ、許し合い、認め合う事の大切さ。

子供の頃、「大人はいいよな~。」って思った事はありませんか?

私は、小学生低学年ぐらいの頃は、しょっちゅう思っていました。

子供は学校から帰って来ても、宿題があって、見たいテレビも思うように見れなかったりするのに、公務員だった父と、専業主婦の母は、夕方ぐらいからは、全くの自由で、TVも見放題だし、好き放題に思えました。

それに、夜更かしをしても怒られないし、お金も自由に使えるように見えました。

だから、「大人っていいよな~。」って、しょっちゅう思っていたんです。

それからまた年月が経って、中学生ぐらいからは、毎日が忙しくなったり、自分自身が成長して行くに従って、あまりそんな事は考えなくなりました。

で、自分が20歳を過ぎ、大学も卒業して、社会人になって、つまり、あの頃、「いいよな~。」と思えた大人になってどうなったかって言うと、子供の時に想像した感じとは全く違っていたりします。

もちろん、宿題は無いし、夜更かしももちろん自由だし、お金だって、子供の頃に欲しかったものぐらいはなんでも買えます。

でも、だからって、あの時想像した「きっと、大人はのん気でお気楽だろう。」という現実とは全く違っていた訳です。

なぜなら、大人になったら、社会的な責任や、世間体など、子供の頃には考えもしなかった問題を沢山抱える事になったからです。

まさに、「隣の芝生は青く見える。」のごとき、私は、「未来の私」が青く見えていたんだと思います。

でもこんな事って、子供の目からみた「大人」の話だけじゃないと思うんですよね。

例えば、結婚していない人から見た、「結婚している人」

子供のいない夫婦から見た、「子供のいる家族」

社員から見た、「社長」

などなど、自分が持っていないものを持っている人は、その表面的な素晴らしさばかりが目に入り、持っている人が抱える問題はわからない分、青く見えてしまうのかもしれません。

それに、どんな人のどんな立場だって、いい事ばかりではなく、大変な事も、辛い事もあるんだと思います。

何が言いたいのかと言いますと、私達は、究極的には、みんな違うし、みんな持っている物、持っていない物はみんな違いますよね。

子供の頃は、「羨ましいなぁ。」「欲しいなぁ。」と思ったら、何にでもなれる可能性はあったし、何でも手に入れようと頑張る事も、大事だったかもしれません。

そして、頑張って、頑張って、なんでも自分で出来るようになっていく過程を、心理学の用語で、「依存から自立へのプロセス」というようです。

だから、隣の芝生が青く見えて、それを手に入れるために頑張ることは、成長のために、とても大事なんだと思います。

そして、何かを手に入れる為に頑張る事が楽しい時期は、大いに頑張るのがいいんだと思います。

でも、「何かが無いから手に入れよう。」という考えだけでは、手に入れても手に入れても、足りないものなんてどれだけでも出てくるでしょうし、それだけでは、いつまで立っても、満足なんて出来ませんよね。

そして、頑張ることに、ほとほと疲れ果ててしまった時は、もしかしたら、別の解決策を学ぶ時期かもしれません。

それが、「相互依存」と呼ばれる考え方です。

相互依存というのは、簡単に言えば、自分も他人も、出来る事を認め、出来ないことを許し、お互いに支え合おうという考え方です。

夫婦というのは、相互依存の典型と言われます。
お互いに支え合わなくては、やっていけませんよね。

そして私達は、誰も完璧じゃないし、完璧じゃないから、一人ひとりが、出来ない事を許し、出来る事を認めて行くことが大事なんだと思います。

そういえば私は、子供の頃、「どうして人間は、歳をとると、能力が衰えていくんだろう?」という事が不思議でした。

なぜなら、爬虫類など、多くの動物は、歳をとって衰えるどころか、死ぬまで成長し続ける生き物もいるからです。

だから、大人になって、時間やお金を自由に使えるようにはなりたかったんですが、歳をとって衰えて行くことは怖かったんです。

でも、心理学を学んだ今、人間が歳をとって衰えて行くことは、もしかしたら、この「相互依存」と言われる、許し合い、認め合う事を学ぶ為に必要な事なのかもしれないなと、私は思いました。

なぜなら、自分が何にも出来なくなって来たら、嫌でも自分が出来ない事を許し、人の出来ることを認めていかなくてはいけませんからね。

今回は、子供もの頃に感じた気持ち、「大人はいいよな~。」から、そうなって見た今、思うことを書いてみました。

ちょっとした読み物として、「ほぉ~。」とか、「へぇ~。」とか、思ってもらえたら幸いです。

小倉健太郎のプロフィールへ>>>

投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (0)

2015年2月17日

大好きなバンドからもらった、影響力の話

私には、大好きなバンドがいます。

そのバンドは、日本人男性3人組のロックバンドです。
デビュー17年目のそのバンドは、最年少メンバーでももうすぐ四十路。
年齢を増すほどに「カッコイイ!」そんなロックバンドなんですね。

私は、彼らの作る楽曲も勿論大好きなのですが、ライブが特に大好きなんですね!
私が彼らを好きになったきっかけも、6年ほど前、妹に彼らのライブに連れて行ってもらったことが始まりでした。

「お姉ちゃんも一緒に行こうよ!一回だけでもいいから!絶対、楽しめるから!」

そんな、そのバンドのファンである妹の熱烈な誘いに負け、ライブについていくことになった当時の私は、正直「ライブハウスなんて、もみくちゃにされて疲れるだけ。」「音楽聞くならCDでいいでしょ~。」な~んて思っていたので、ぜんぜん乗り気じゃなかったんですよね。
しかも、殆ど曲も知らない状態でライブ当日を迎えたんです。

ライブハウスで体験した彼らのパワフルな生演奏は、私の想像をはるかに超える大迫力!そして、ものすごい熱気でした!
ライブを中心に活動されていることもあり、ライブパフォーマンスもとっても上手。なんと、知らない曲ばかりの私でも、心の底からライブを楽しむことが出来たんです。

私は、その、たった一回のライブでそのバンドのライブにすっかりと魅了され・・いまでは、ライブツアーがはじまると一回は必ずライブを見に行くようなファンになっちゃったのでした。


私が彼らのライブが好きな理由は、演奏力の高さや、パフォーマンスの素晴らしさももちろんなのですが、
それ以上に、ステージの上の彼らがイキイキと楽しそうに演奏をしている様子を見るのが、とっても好きだからなんですね。
私は彼らを見ていると、いつも「私も、彼らみたいに、もっと自分の人生を楽しみたい!」という熱い思いが溢れて、涙が出て来ちゃうんですよね~。

実は、彼らのライブに行きはじめた頃の私は、仕事も、恋愛もうまくいかなくて、すっかりと自信をなくしていたんです。
まだ、カウンセリングと出会う前だったので、この辛さを誰にも相談できず、ひとりで抱え込んでいる状態でした。

そんな、毎日をいっぱいいっぱいの状態で過ごしていた私は、「自分の人生を楽しむ」ことなんて、すっかり後回しにしていたみたいなんですね。
それどころか、「こんなにダメな私が、人生を楽しむ資格なんてないよね。そんなこと、願っちゃダメだよ」って自分に「楽しむこと」を禁止している状態でした。

でも・・・・めいっぱいライブを楽しんでいる彼らの姿をみているうちに、「私は本当は、もっと自分の人生を楽しみたいんだ!」と自分が望んでいたことに気がついたんです。
この気づきは私にとって、本当に大きなものでした。

私はライブに行くたびに、いつも彼らに「私も、自分の人生を楽しみたい!」という思いを再確認させてもらっているような気がします。
そして「君も、君の人生をめいっぱい楽しんでね!」って応援してもらっているように感じて、元気や勇気を貰えるんですよね。
私にとって彼らのライブは、単に生演奏を楽しむだけのものではなく、彼らの影響力に触れて「自分の大切な気持ちを再確認する場所」としても、とても大切なものとなっています。


私たちは、さまざまな影響力を与えあっていると心理学では言われています。
影響力とは、私たちが周囲の人に影響を及ぼす力のことです。

私が彼らのライブで、彼らの楽しんでいる姿から影響力を受け取り、自分の奥底に眠っていた気持ちを再確認できたみたいに、
私たちは、相手から相手に持っている影響力を受け取ったり、自分の持っている影響力を相手に与えることが出来るんですね。

あなたは、自分の人生を楽しめていますか?
自分に「楽しむこと」を禁止していませんか?

もし、あなたの中に「人生を楽しむだなんて、私には無理よ」なんて気持ちがあったりして楽しめなくなっている状態なら
自分の中だけで考え込むより、私のケースのように「こんな風になりたいな~」って思う方の影響力を受け取りに行ってみると、なにか良い気づきが見つかるかもしれませんよ♪

服部希美のプロフィールへ>>>

投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (0)

2015年2月10日

願えば叶う

願えば叶う! そう聞いてあなたはどう思いますか。 「うん、そうだよね」と思いますか、
それとも願いが叶うことなんてないわ、と思うでしょうか。
自分が本当に心から願ったことは叶うというのが、本当のことかもしれません。

昨年、私はその願いが叶う体験をしました。 それは、長年の夢が叶ったとか、とても大きな願いが実現した、
とかいうものではありませんが、私にとっては大事なことでした。

ある集まりのグループがあり、そこで食事会をすることになりました。私を含む3人が今回はその幹事役と
なったのですが、この会のメンバーは数十名はいるため、半年以上前から日程を決めていました。
最近の主なメンバーに事前に日程を確認し、この日なら、ということで決めた日でした。
どこでどんな会にしようかと話していたところ、私もみんなもお世話になっていた古くからの方(Aさん)が
転勤するという話を聞いたのです。 その方にも是非参加してほしくて連絡をとったところ、残念ながら
その日は都合が悪いというお返事でした。

一緒に幹事をやっている他の2人、彼女たちもその方の参加を望んでいたのですが、その返事を伝えたところ、
「じゃあ、仕方ないよね」ということになったのです。 が、私は諦め切れません。
転勤で東京から離れてしまわれるので、なかなか会う機会もなくなってしまうし、この集まりのメンバーの多くは
Aさんにお世話になったので、その御礼の機会としてもなんとかならないかと私は思っていました。
日程が変更出来るならAさんに合わせて会を開きたいと考えたのですが、他の2人はこの日程はすでに
メンバーに伝えてあるし、新しい日時に変更をするには、すでに参加すると回答をもらっている人たちからの
了承が必要になるから、と難色を示されてしまいました。

そう言われると、私も頭では「確かにそうだよね。すでに決めてあったんだから」と思うものの、
「でも、なんとかならないのかな。」という気もちが強く、あっさり2人のように気持ちが切り替わりません。
最後なんだし、このまま諦めたくないし、でも、それをすれば迷惑もかかるし・・・と、いろんな想いが湧いてきます。
そして、素直に「そうだよね。わかった。」とは、ハッキリいえないままでした。
だけど、このまま私が無理を通してもよくないし、やっぱり諦めなきゃいけないかな、と頭で思っていたところ、
幹事の1人が「参加予定の人に変更のお願いをしてみて、みんながOKだったら変更しようよ」と言ってくれたのです。

私は、自分の意見を押し通すことについて迷いがありました。他の2人はもう日程変更の件は済んだことと思っているから
これ以上は強く言えないなあと思っていたところだったので、わたしがビックリしてしまいました。
「え、いいの・?」と思いながら、彼女の一言に背中を押されて日程変更にトライすることにしました。
参加を表明をしていたメンバー数名に事情と共に変更のお願いをドキドキしながらメールすると、その日のうちに
返信が返ってきたのです。 しかも、誰1人、文句も言わずに「OK」「了解」といった了承の返事でした。

これにも、またビックリで、何か見えない力が働いているかと思うほどでした。 本当に心から願っていたことって
叶うんだ!と感じた瞬間でした。 有り難いなあと感じながら、嬉しさと驚きと両方の気持ちを味わっていました。

実は、もう1人の幹事は、変更しようとしている日は家族との予定があったものをわざわざ変更までしてくれたのです。
その1人が、日程変更に不都合があれば、この話が進むことはあり得なかったわけだし、私も一旦は諦める方向で
考えていたことを思うと、不思議な力が働いたとしか思えませんでした。

後から背中を押してくれた彼女に聞くと、私の日程変更への想いが強く、パワーを感じたらしく、
このエネルギーに乗っかってみようと思ったそうです。 もちろん、私自身はそんなに無理に押しとおすつもりもなく、
とても遠慮していたくらいに自分では思っていたのですが、どうやらそうではなかったみたいです。
表面的には諦めていたようだけど、心の奥では諦めずに、日程変更を望んでいたんでしょうね。 そして、それは
絶対こうじゃなきゃ嫌だと執着するのではなく、運を天に任す、という感覚だったような気がします。
それが周りに伝わり、私の願いにみんなが力を貸してくれたのだと思います。

真摯に願いその思いを伝えれば、必要なことはこうして実現していく、叶っていくんだと実感しています。
それは、きっと私のように些細なことでも、もっと大きな願いでも同じことなんだと思います。
この感覚を大切にして、今年はもっとそんな体験をしていきたいなあ。なんか出来るかも、と感じています。

みなさんは、心の奥で本当は何を願っていますか? 願えば叶う!ということを覚えておいてくださいね。

松尾たかのプロフィールへ>>>

投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (2)

2015年2月 3日

天からの贈り物 ~もうひとつの宝物~

このコラムがカウンセリングサービスのホームページにお目見えするのは二月のはじめの予定ですが、ちょうどこれを書こうと思い立ったころ、私は誕生日を迎えていました。
妙齢の女性ともなりますと、お誕生日には複雑な思いを抱くことも多いかと思いますが、ご多分に漏れず私もそうです(笑)。
でも誕生日当日、ちょっぴり憂鬱な気分で起きた私に、今年も次女が素敵なプレゼントを用意してくれていました。
可愛い猫柄のプリントのエプロン、最近家事が面倒だな、しんどいなあと思うことも多いのですが、娘の愛情が込められたこのエプロンがあれば嫌いなお掃除も、面倒なお料理も楽しく出来そうな気がします。
その日、こんないい子を娘に持てて私は本当に恵まれているなあと、親バカな私は改めて思ったのでした。

改めまして、こんにちは♪
カウンセリングサービスの三枝 みきです。
私には二つの大切な宝物があります。
今日はそんな宝物の一つ、いつも私を励まし、支えてくれる次女のことを書かせていただこうと思います。
皆様、よろしければ少しの間、お付き合いくださいね。


私の次女はここ数年、毎年私の誕生日には、何か必ず素敵なプレゼントを用意して、私を喜ばせてくれます。
小さい頃も、幼稚園の園庭で拾った綺麗な銀杏の葉っぱや、帰り道で摘んだお花、可愛いお絵かき作品、心のこもったお手紙などを毎日のように手渡してくれたりもしました。
そんなプレゼントのいくつかは、今でも私の宝物です。

けれどそんなこの子も、小学校の高学年から中学生くらいまでの間、私に対して心を閉ざしていた時期がありました。
それはたぶん完全なシャットアウトではなくて、幾分かの隙間を残しておいてはくれたように思うのですが、けれど、それでもその時期、彼女が昔のように私に贈り物をくれることは殆どありませんでした。


つい先ごろ、成人式を終えた私の次女は子供のころ、母親の私の目から見ても、明るく無邪気でとても子供らしい子供でした。
いい意味で単純でわかりやすい子でしたので、とても育てやすい、小さなころから親孝行な娘だったと思います。
二つ上の長女がとても繊細で怖がりなところがあったから、余計にそう感じたのかもしれませんが、私は次女が可愛くて可愛くて仕方ありませんでした。
長女が生まれてから、姑とさらにうまく行かなくなってしまったり、家の中に不満をいくつも抱えるようになった私にとって、次女の明るさ、素直さは癒しであり、救いでもありました。
当時の私の失望や不満の殆どを、彼女の存在が埋めてくれたのです。
だから私は能う限りの愛情を注いで、彼女を育てたつもりでした。

でも、今にして思えば私の愛情は、娘が望んでいたものとはかなりのずれがあったようです。
つい数年前、長女の病気や自傷をきっかけにして心理学を学び始めてから、私はやっとそれに気づきました。
以前の私は、長女にも次女にもそれほどいい母親ではありませんでした。

そんなわけで、たくさん傷つけてきてしまった長女はともかく、愛情たっぷりに育てたはずの次女でさえも、私に対しては不満や怒りを持っていたのでしょう。
後年、本人から聴いたのですが、思春期を迎えたころ、私に対して次女はこう思っていたそうです。
「この女には何を言っても無駄だ」と。
そして私に対して心を閉ざし、何かあっても相談を持ち掛けることもなく、表面だけそれなりに愛想よく、問題ないふりをして過ごしていたようでした。

とは言え、私自身も私の母に対して「この人には何を言っても無駄だ」「こんな母親にだけはなりたくない」などととつい最近まで思い続けていたのですから、これは仕方のないことかもしれません。
「ああはなりたくない」と思っていると「そうなってしまう」という、嫌な法則が心理学にはあるのですが、まさにこの私がそうだったのです。

どんなに一所懸命に子育てをしても、子供の心をひとつも傷つけすに育て上げることは不可能です。
親だってただの人間なのだから、完ぺきではない。
親子だから何もしなくても通じ合えるというのもただの幻想で、「私」と「子供」は全く別の存在であり、考え方や感じ方も違うのだと言う当たり前のことを、当時の私は理解できていませんでした。


娘が私にプレゼントをくれなくなった直接のきっかけとなった出来事を、私はよく覚えています。
それは毎年行われていた小学校のバザーでのことでした。
次女が私へのプレゼントとして、ちいさな編みぐるみのクマさんを買ってきてくれたのです。
彼女は私がどこかで見かけた編みぐるみのマスコットを可愛いと言ったのを覚えていてくれて、たまたまバザーで見つけたそれを私のために買ってくれました。

それなのに私は喜んで受け取るどころか、「人にものを上げるのに、リサイクル品やバザーの売れ残りの古いものをあげるなんて!」と心無いことを言ってしまったのです。
「私は親だからいいけど、友達やほかの人にこんなものをあげたら失礼だ」と、「このまま教えてあげなければ、この子が将来恥をかく」と、その時の私は本気で思っていました。
それはたぶん、私自身が子供のころに両親との間で経験したいくつかの出来事から作り上げた「思い込み」によるもので、必ずしも真実ではありません。
ですが、学校で許可された少額のお金の中から、私のためにプレゼントを買ってくれた娘の気持ちを、その時の私は結果的に拒絶し、踏みつけにしてしまったのです。

その時、娘は私に何も言いませんでした。
普段は表情豊かな顔には、何の感情も浮かんでいないように私には見えました。
けれどもそれ以降、娘が私に何か贈り物をくれるということは、つい数年前までまったくなかったのです。

私たちは「愛してもらえない」ことでも傷つきますが、一番傷つくのは「自分の愛を受け取ってもらえない」ときです。
思い返してみれば私は、こんな風にいろんな場面で、相手の心が見えずに踏みつけて傷つけてきてしまったことがたくさんありました。
次女だけでなく、長女にも夫にも、母にも、そんな風にしてしまったことがあったことをいくらでも思い出せます。

娘が小さい頃、銀杏の葉っぱのプレゼントに大喜びした私なのに、どうしてあの時、私は娘の愛を受け取れなかったのだろう。
私なりに良かれと思ってしたこともあったけれど、今でも時々、それぞれの出来事を思い出す度に後悔に胸が痛くなります。
けれども過去は変えられないのです。
大事なのは過去を悔やむことではなく、同じ失敗を繰り返さないこと、過去の経験を活かし、よりよい「今」を作ること――。
そう思って、私は自分を癒すことに取り組んできました。


そうして、そんな次女が私にまた母の日や誕生日のプレゼントをくれるようになったのは、今から数年前、長女の自傷が一番激しかったころのことでした。
次女が高校生になった頃、長女の自傷はどんどん激しくなってきていて、病院に通うようになっていました。
隠しておくのが不自然にもなってきた長女の状態について、私は初めて次女に話したのです。

そしてそのころから、彼女は何かにつけてさりげなく、私を支えてくれるようになりました。
私の努力を認めてくれたり、彼女なりに励ましてくれたり、いつも変わらない、私の大好きな笑顔を見せてくれて、楽しい話をして私を笑わせてくれました。
一番辛かったあのころ、彼女がいてくれなければ私はどうなっていたことかと思います。
そしてその翌年くらいからでしょうか、娘はまた、私にプレゼントをくれるようになったのです。
数年ぶりに差し出されたプレゼントを受け取ったとき、私はとても嬉しかった。
あんなに傷つけてしまった私を許してくれた、私のことを思ってくれたその気持ちが嬉しくて、こっそり泣きました。

銀杏の葉っぱも、小さな石ころも、猫プリントのエプロンも、どれもみんな嬉しかったけれど、いちばん嬉しいのはそこに込められた娘の思いです。
口に出しては言わないけれど、私を思ってくれる気持ちはいつも溢れんばかりに伝わってきます。
私は本当に、幸せな母親だなあと心から思います。


自分を激しく傷つけてまで私を救い、カウンセラーになるきっかけを作ってくれた長女、私をずっと支え、癒し、励ましてくれた次女、そして、こんなに愛おしく思える娘たちを私に与えてくれた存在にも――それが宇宙なのか、神様なのかはわかりませんが――、私は今、心から感謝しています。


やっちゃん、なっちゃん、いつか、あなたたちが心から愛する人と巡り合えたら、それとも子供を持ったなら、こんなにもあなたたちが私を幸せにしてくれたことを、私の立場で実感できるんじゃないかしら?
これから先、あなたたちがどんな人生を送るのかはわかりませんが、私の胸に溢れるこの幸せな思いを、どんな形であれ、いつかあなたたちも味わうことが出来ますようにと願ってやみません。

ありがとう、あなたたちのおかげで、私はいつも幸せです。

三枝みきのプロフィールへ>>>

投稿者 cseditor : 00:00 | コメント (2)