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2012年5月29日

遠くにいるからわかる事

徐々に夏へ向うべく季節が変わっていくこの季節。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。

私は、毎月東京から実家の京都に帰省をしています。

1ヶ月に1回の帰省なのですが、いつも帰省するたびに、その時その時の風景が変わってくるのがとても楽しいな、と感じずにはいられません。
移り行くその風景を楽しむのも、私の中での帰省の密かな愉しみの一つとなっています。

国内や海外からも多くの人が来る観光地でもある京都ですが、実は梅雨の季節に入ると京都の観光はいわゆるちょっとしたシーズンオフになるんですね。
時期的にも、桜の季節と祇園祭のちょうど間でもありますし、雨も多い季節だからなのかもしれません。
観光地等を通っても比較的、人も少ないなという印象があるんです。

そして、これは自分自身実家の京都に居た頃には気づかなかった事なのですが、梅雨の時期の京都ってとても素敵なのです!
雨の中の京都のあらゆる所に出歩くのは一見大変そうだし、観光で行った際はなんだか残念な気持ちに鳴ってしまう事があるかもしれません。
しかし、梅雨が明けるか明けないかという初夏の京都はあらゆる所で素敵な風景に出会えるのです。
三方を山で囲まれている京都はとても緑豊かな場所でもあります。
いつもどこかに木々の緑が目に入ると言っても良い程、山々の緑を堪能する事ができるからこそなのですが、この時期の緑はとても趣き深い色をしています。
特に、雨が降っている時や、雨があがった直後のお寺さんや神社に行くとそこにある木々の緑がとても色鮮やかで綺麗なんですね。
夏に向けて木々の葉が柔らかい緑をぐんぐんと伸ばしているんです。
そして、雨の水によりその緑がすごく活き活きとし、艶やかなんです。
もちろん、木々の緑もそうなのですが、岩についている苔もとても美しい緑なんです。
苔がはじく水滴に映る緑を見るのもとても心がぱっと明るくなったりもするんですね。

昔の私だったらありふれた風景なので、あまり気にも留めなかったと思います。
が、しかし。
東京に居を構え、1ヶ月ごとの京都の風景を見ると今までの当たり前だった風景がとても新鮮に感じたり、今まで気づかなかった所に気づき感動する事が多くなってきました。
もし、以前の私が、今の私がこうやって梅雨の緑の話をしても「???」な顔をしてるかもしれません。
それくらい昔の私にとっては日々の生活の中に埋もれてしまっていた“あたりまえの風景”で感動しているのですから。

そして、地元京都の梅雨の季節の愉しみ方を発見したと同時に日々の生活の中でも、色々な意識の変化がありました。
今まで、私の中で雨というイメージの中に『外出するのが面倒だなぁ』という感がありました。
雨の日は、お洗濯やお買い物に行く時も億劫な気持ちになるし、お日様に当たる事も無いから気持ちもどんよりしがちだったんです。
しかし、梅雨の京都のあらゆる場所にある緑の美しさを知り、『雨も外出ありだな』という気持ちに切り替わりました。
ちょっとした気づきや愉しみ方の発見で、私自身の中にあった雨というイメージもがらりと変わってしまいました。
なんだか、雨の京都に感謝いっぱいです。


遠くにいるからこそ、気づく事っていっぱいあると思うんです。
その気づきというのは、自分自身の中でも意外な所に潜んでいるかもしれないんですね。
大きな気づきもあれば、小さな気づきかもしれません。

それは、場所であっても、人であってもそうなんじゃないかな、なんて感じるのです。

ちょっとした変化は近くにいるからこそわからない事も多いかもしれません。
でも、遠くにいるから、あまり会う事がないからこそ、その場所、久々に会う人の変化とか、今まで気づかなかった素敵な所に気づけるのかもしれません。

もし、近くにいたり、あまり移動する事がないという場合でも、「もし久々に来たとしたらどうだろう?」「もし久々に会ったとしたらどうだろう?」という視点で物事を見ると新鮮な“何か”に出会える切っ掛けになるかもしれませんね。

中村季代乃のプロフィールへ>>>

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2012年5月22日

大正女の心意気~卒寿の祝いに思う~

先日、祖母の卒寿(90歳)のお祝いの会をしました。久しぶりに実家に戻り、親戚と過ごす時間。
「最近、どう?」
「元気?」
何気ない会話。そして「あのときは・・・・だったねぇ」といろいろな思い出話が始まります。そんな、思い出話を聞きながら、ふと、大正生まれの祖母の人生に思いを馳せました。

祖母は大正生まれ。
兄弟が多く、姉・兄・弟・妹に囲まれ、幼いときから子守りをしていたそうです。
祖母は背が低いのですが、いまだに「わたしが背が低いのは、小さい頃から、弟や妹をおんぶしたり、(祖母の)おばあちゃんの杖代わりに肩を貸していたから・・」とケラケラ笑いながら話します。当時は当たり前のことだったのかもしれませんが、小学校を出たら、働き手の一人。下の兄弟の世話やおじいちゃん、おばあちゃんの用事、家の仕事の手伝い・・そんなふうに年を重ね、16才で、わたしの実家に嫁いできたのだそうです。
戦争の時代、戦後の復興の時代、高度経済成長・・・近代の歴史そのものの時代を生きぬいてきた祖母にとって、インターネットや携帯電話があふれる今の時代は、全く考えもつかなかったような時代なのかもしれません。
それまでの常識が「常識」として通じなくなる・・そんな経験をいったいどのくらい重ねてきたんでしょう?そう思うと、それだけでも、おばあちゃんってすごいなぁ・・そんな気がしました。

わたしは、祖母の泣き顔も、怒った顔も見たことがありません。にこにこと笑っている、けらけらと笑っている、そんな顔ばかり見てきたような気がします。明るくて元気なおばあちゃん、そんな印象が強いのです。

そんな祖母が一度だけ、涙をこらえながら、絞り出すような声で「わたしは悪いことは何もしてない!怒らなきゃいけないほど、悪いことなんて何もしていない」そんなふうに、自分に言い聞かせているのをみたことがあります。高校生の頃でした。

「怒られなきゃいけないほど悪いことをしていない!!」ではなく、「怒らなきゃいけないほど悪いことをしていない!!」その言葉を不思議に思ったわたしは、思わず祖母に声をかけました。「おじいちゃんに怒られたん?」って・・・
すると、祖母は笑顔でこう言うのです。「おじいちゃんはいつでも怒っとるよ。」

祖父は、酔っ払うと祖母のことを怒鳴ったり、時には手を出すこともあるような人でした。確かに「いつでも怒っていた人」です。だから、わたしは、おばあちゃんがおじいちゃんに、ひどいことを言われたんだ!って思ったのです。

祖母はわたしの方をみて、普段は見せない真剣な表情でわたしにこう言いました。
「怒られたんじゃなくてな、怒りたくなったんよ。でも、誰かに怒ったり、恨んだりするのは苦しいやろ。そんな苦しい思いをせなあかんほど、おばあちゃんは悪いことはしてない、自分が悪いことしてないのに、苦しまないとあかん、なんておかしいやろ。だから、がまんできないくらい怒りたくなったら、わたしは悪くないって思い出すんよ」と。
高校生だったわたしには、祖母の言っていることの意味がわかりませんでした。そんなにがまんしないで、おばあちゃんも怒ればいいのに・・そんなふうにも思ったような気もします。

今になって思うのです。
これが祖母の心意気、祖母の誇りなのだ・・と

怒りたくて怒る人はいません。
いっぱい傷ついたり、自分ではどうしようもないくらい追い詰められたり、そんな出来事が起こるからこそ、私たちは「怒って」しまうのです。

祖母は
 自分が誰かに傷つけられなければいけないほど、わたしは悪いことはしていない
 自分が誰かに追い詰められなければならないほど、わたしは悪いことはしていない
そう言いたかったのです。

わたしは精一杯がんばっている、わたしは悪いことはしていない。
そんなわたしを怒らせようとしたって、わたしは、怒ってなんかあげない。
わたしは悪くないのだから、傷つく必要はないんだ。

いつも笑顔でご機嫌に過ごすこと。
その生き方を選ぶこと。
それは、学びたくても学べず、働き方を選ぶことも、自分で結婚相手を選ぶことできなかった「大正生まれの女」の「自分の運命」に対するささやかな抵抗だったのかもしれません。

なんで、こんなひどいことを言われなければならないんだろう。
なんで、こんなめにあわなければいけないんだろう。
そんな理不尽なことがなかったわけではないのです。
むしろ、そんな理不尽なことばかりだったのかもしまれせん。
その一つ一つにいちいち怒っていたら身がもたないくらいだったのでしょう。

腹の立つことがあるたび、
理不尽な思いをするたび、
「わたしは悪いことはしていない」
そう自分に言い聞かせて、体中を駆け巡るような怒りの感情を、押さえつけるのではなく、受け流して、気持ちを切り替えて「笑って」生きてきた祖母・・・

そんな祖母の笑顔は、「なにがあっても大丈夫」と語りかけてくれているようにも感じます。
その笑顔をもっともっと見続けていたいから・・・
「長生きしてね」
孫であるわたしの
大好きなおばあちゃんへのお願いなのです。

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2012年5月15日

自分滅亡が救われる時

みなさんは、自分の滅亡を願ったことがありますか?
私は、有ります。(キッパリ!)
さらに言うと、腹立ちまぎれに 『地球まるごと吹っ飛べばいいさ!!』 と地球滅亡まで思ったことがあります。
『地球平和を願う』のが、人としての正しい在り方ではあると思うのですが人間、ヤサぐれている時はトンデモナイことを思うようです。

離婚した元夫とグチャグチャに揉めに揉めていた、4年程前。

人って不思議です。
当時元夫の浮気というのか、本気というのか、の 【これはどんな言い訳も誤魔化しも効かないだろう】 という証拠を目にしたとき、意外にも 『あぁ、やっぱり・・・』 という思いがほんの一瞬頭の中をよぎり、なぜか 『さぁっ!夕ごはんの用意しよう』 と台所に向かいました。
とても冷静で、怒りも悲しみも何も感じず自分でもそんな自分が不思議でした。
あまりの冷静さに自分でも 「あれ?おかしいな」 と思ったほどです
人はあまりにショックなことが起こると、感情を感じなくさせます。
一種の自己防衛機能のスイッチが自動的にONになるのですね。

しかし、しばらくすると強烈な怒りを感じ始めました。
『信じていたのに、裏切られた!』 『私はまじめに生活しているのに』 『私の人生返して!』 『あんたなんてこの世からいなくなればいい!!』 『ええいもう、何もかも面倒臭いから、地球もろとも吹っ飛んでしまえばいい!!』
それはそれは、激怒というか、激昂です。
モチロン、私がそう思ったからといって起きたことは消せないし、私の過ぎ去った人生が帰ってくるわけでは無いし、ましてや地球を吹き飛ばす力など持ち合わせているわけではありません。
けれど、それほどの怒りが込み上げてきたのです。

あまりの腹立たしさに、そんな自分をどう扱っていいのかわかりません。
『子供の前ではなるべく平静を保たなければ』 と思うので怒りを抑圧しようとします。
けれど、怒りを抑えようとすればするほど行き場を無くすので、よけいにイライラしたり時には爆発したりします。
そして、そんな自分に自己嫌悪し、負のループにはまり込んでゆきます。
周りを責めたり、自分がもっと出来た人間だったらこうはなっていなかったのではないか?と、他者にも自分にも攻撃的になっていました。

それでも、『なんとか前向きに生きなければ。私が居ないと子供たちが困るし、悲しむ』 と、無理やり元気になろうとするのですがやがて、怒りも悲しさも惨めさも屈辱も、生きてゆく意味や人生の素晴らしさや感謝や許しも、何もかもがどうでもよくなってただ、『疲れた。もう、私は消えて無くなりたい』 と虚ろな心で思うようになりました。

その頃の私は生きているだけでも必死で、感情を殺しながら日々の仕事をこなすのに精一杯でした。
“しなければならないこと” は生活の中でたくさん有り、なにがあってもやり通さねば!と思っていたのです。
しかし、“しなければならないこと” をこなすのは苦痛で 『自分という人間は元から存在して無かったかのようにフッと消えてしまえたらいいのに。そしたら誰の記憶にも残らないし誰も悲しまないだろう』 と滅亡願望が日に日に強くなってゆきました。

そんな時 「休んでください」 とあるカウンセラーに言われたのです。
意味が解らず 「え?」 と聞き返すと 「そんなことがあってまだなお頑張らないでください。掃除も洗濯もしなくていいです。仕事も休んでください。子供たちのご飯も最低限のものだけにして、今は休んでください」 そう言われてやっと 「え?そうなの?私って頑張っているの?そして、掃除や洗濯はしなくてもいいものなの?」 と、半信半疑ながらもやっと自分に“休む”という許可を出せたのです。


皆さんは、ちゃんと休めていますか?
怒ってもいいんだ、泣いてもいいんだ、愚痴ってもいいんだ、凹んでもいいんだ、と色んな感情を抑えずに自分自身を認めてあげれていますか?
ネガティブな感情ほど、抑圧してしまいます。
しかし、そんなネガティブな感情を抑圧すると、やがてはポジティブな感情すら同じように抑え込まれ、自分がなにを感じ、どうしたいかがわからなくなってしまいます。
自分というものが、物理的には存在していても存在していないかのように、生命は保たれているけれど、まるで生きていないかのようにしか感じれなくなってしまうのです。

もしも、そんな風に感じた時は友達や家族、カウンセラーなどに少しずつでも思いを話してみてくださいね。
きっと、自分滅亡の危機から脱出できることと思います。

吉村ひろえのプロフィールへ>>>

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2012年5月 8日

メダリスト

今年は、オリンピックイヤーですね。
ロンドンでの、日本人選手の活躍が楽しみです。
何といっても“世界一”を決める舞台なのですから、生来の資質もさることながら、そこに至るまでの身体と精神力の鍛錬は、並大抵の努力ではないと思われます。
競技の結果は、悲喜こもごもですが、メダルをとった選手、惜しくもメダルに手の届かなかった選手、どちらも私たちに興奮と感動を与えてくれます。
メダリストたちのコメントは、喜びと達成感に満ち溢れていて、とても印象的で、応援してくれた人達、サポートしてくれた人たちへの感謝と共に、自分自身との闘いについてコメントをする選手が多いですよね。

オリンピックが近付くにつれて、TVや雑誌では、オリンピックを目指す選手たちを取り上げた特集が組まれていますね。
どちらかというと文化系の私は、スポーツとは縁遠い生活をしてきたので、興味深くその特集を見ているのです。
選手たちの練習風景から日常生活、そして彼らの物事の考え方は、一つ一つを丁寧で、細部にまで気が配られているなと感じます。

第一線で活躍している選手も、最大のパフォーマンスができるようにと、絶えず進化を目指しています。
みなさんもよくご存じの水泳の北島選手は、スタート台で踏み切る力を最大限に活かすために、立つ時の足の位置を変えたそうです。
また、ハンマー投げの室伏選手は、ハンマーに伝わる遠心力とより遠くへ飛ばすタイミングを考え、ステップのリズムを変えたのだそうです。
一度成果を出しても、それに捉われず、0.1秒でも早く、1㎝でも遠くと、よりよい結果を生むように、細かなところを修正していくのだそうです。
しかし、どちらの選手も、これまで身に付いたやり方を改めることに、大きな心理的抵抗感があったといいます。
新たなやり方の方が良い結果を生むと頭で理解できていても、現状から変わることに、“なぜこれで悪いんだ、いいじゃないか”、“変わることに意義があるのか”と身体に抵抗が現れ、フォームを変えることに大きな決断と勇気を要したといいます。

カウンセリングでも、物事の捉え方、考え方、行動について、みなさんが“より幸せだ”と感じられるようなものへと変えていきましょうと提案することがあります。
しかし、頭では理解できていても、北島選手や室伏選手のように、新たなことに抵抗感を感じられる方も多いのではないでしょうか?
そして、諦めたり、先送りにしたくなることもあるでしょう。

しかし、私たちがオリンピックを見て感動したり、共感するのは、かつて自分でも目標を達成したり、努力した体験を持っているからではないでしょうか。
がんばって勉強して希望校に合格した、練習を重ねてスポーツで優勝した、そんな輝かしいことだけではありません。
自転車が乗れるようになった、逆上がりができるようになった、ひらがなを書けるようになった、一人で着替えが出来た、立って歩き始めた、話し始めた。
そんなことが出来るようになった時、私たちの周りには、自分の事以上に大はしゃぎして喜ぶ人がいたはずです。
それは、まるでオリンピックで日本人選手が金メダルを取ったかのように。
そういう意味では、私たち一人一人が、メダリストなのかもしれませんね。
形には見えないけれど、誰の胸にも、たくさんのメダルが輝いているはずだと、私は思います。

自分では何の変化もないように思うかもしれませんが、1ヶ月、2ヵ月と積み上げてきたチャレンジは、確実に変化をもたらしています。
停滞したり、後退しているように感じた時は、これまでのプロセスを振り返り、以前より目標に近づいていることを確認しましょう。
わずかな変化も大事にして、自分自身の胸に輝くメダルをかけてあげましょう。
そうすると、また一歩前に進む元気が出てくるのではないかなと思います。


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2012年5月 1日

ある日の1日。癒されるということ。

今日の宮古島はとってもいい天気でした。
初夏のような真っ直ぐな陽射しに、涼しい風が肌に心地いい。
薄手の長袖シャツがちょうどいい散歩日和。4月1日に海開きもあって、いよいよ夏は目の前です。

せっかくのお出かけ日和を満喫しようと、友人と来間島へドライブランチに行ってきました。
島とはいっても宮古島から1.7kmほどの長い橋でつながっているので、車で行くことができます。真っ青な海の上を真っ直ぐに伸びる道を走り抜けるのはとっても爽快です。
この時期、年に1度の大きな干潮を迎えた海はいつもと違う表情。いつもは海底にいるサンゴ達が姿を現し、陸となって天然の橋のように島がつながっていました。海面が近くなったぶん、宮古ブルーに透明度が増して、海底がキラキラと全部透けて見えます。

向かったカフェは、天井はあっても地面は外とつながっている半分屋外みたいな空間。
風が吹き抜けてとっても気持ちいいがいい席。ゴーヤ、島人参、紅イモ、黒糖。島で取れた食材で美味しい食事を頂きました。太陽をいっぱい浴びて育った植物達の元気をもらえる気がします。

帰りにちょっと寄り道をしようと脇道に車を止め、植物がうっそうと茂る散歩道へ。
ガイドブックにない怪しい脇道が宮古島の醍醐味。ちょっと公道から外れただけで光景がガラッと変わります。幹同士が絡まりあうガジュマルがカーテンのように地面に向かってつたを伸ばし、幹の間からは種類の違う植物が芽を出している。どこからどこまでがオリジナルの樹種かわからないくらい草木が混じり合って共存している。知っているサイズより10倍大きなシダが生えるそこはジャングルそのもの。さっきまでの強い日差しはうっそうと生い茂る木々や大きな葉に閉ざされて、そこだけひんやりと薄暗い。木々の隙間から注ぎ込む陽射は光の塊のようになって力強く神秘的な舞台を作り上げる。まるで宮崎駿の世界。そこここに木霊(こだま)がひっそりと首をかしげて見守っていそうな空間。足元に延びる石畳だけが「どこかにつながる」安心感を与えてくれるくらい、非日常な光景が拡がっていました。
ふっと眩しく光る芝生が見えて散歩道が終わり、見晴らしのいい高台の公園へ到着です。なんでつくったの?というような大きなタコのオブジェがでんとそびえていて、いままでの散歩道とのギャップに笑えてしまいました。

帰り道、「なんだかわからないけど、充電した気分だね」と笑顔で言った友人の言葉が心に残りました。

カウンセラー的な気づきやシェアはまったくない今日のコラムですが、感覚で感じることの「癒し」をお伝えできたらなと思い、書いてみました。
もちろん、ここでの人との出会いやつながりにもたくさんの気づきをもらっていますが、生活しながら目に映るもの、経験することそのものが「癒し」につながっています。

早いもので宮古島に来て9カ月。生活にもすっかり慣れて、目に写るものすべてが感動だった頃に比べたら少し感覚も変わってきましたが、まだまだ飽きることはありません。
「いつ帰るの?」と聞かれますが、それもタイミングに委ねていくつもりです。

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投稿者 cseditor : 08:00 | コメント (0)