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2011年2月22日

鳩~~私を慰めてくれたもの~~

こういった文章を書かせていただくのは、本当にお久しぶり!
全国的に雪が舞う昨今、カウンセリングサービスのサイトを楽しみにしてくださっている皆様方はいかがお過ごしでしょうか?
先日は、母体である神戸メンタルサービスのヒーリングワークショップ。
もうここにきて10年以上になるなぁ、なんて思いながら、2月の3連休を「癒し」で満たしてみる。
こういう癒しを扱うワークショップにおいて、その場にいる人を、たとえば家族だったり、たとえばなにかシンボルだったり、誰かに何かを投影し、グループで癒しを起こす(といっても、文章だとわかりにくいですね、すいません)ことがあります。

今回私が珍しく投影されたのは、「母親役」!

生き方や人生の選択は、その人の雰囲気やイメージ、ある種匂いとでもいうのでしょうか、それらしいものを連想させることが多いですよね。
ですので、こういう投影を受けるのは珍しいのです、ワタクシ。

アラフォー・独身ですが。
「だてなおと」「赤ちゃんポスト」のような、行為にとっても興味がある私。

2年前の夏の日に、まるでその日を狙ったように旅立った母。
その日はカトリックであった母にとってはとても大切な「聖母の被昇天祭」その日でした。
生きてるうちには私は彼女とは葛藤ばかりで、家族それぞれの責任のうち、‘母性’という大きな役割のすべてを彼女一人が引き受けてくれていたように思います。
完璧じゃない、うまくできてない、失敗している、状況の悪いところの多くを彼女のせいにしていたのも、娘である私。

身体にはもう触れることができなくて、実際に声を聞くこともできなくなったけど。
母の心に触れ、本当の対話が始まったのは、実は彼女の魂が天国に昇ってからかもしれません。
そして、どれだけ愛されていたのかを知ったのも。

母がなくなったその年の冬に、こんな日記を書いていたのを思い出しました。

***************
先ほど、自室を出ようとして、ブルルと震えてしまいました。
そういえば、もうすぐ12月。
親元へ一時、母と一緒に過ごすため帰ってきたのが7月なので、半年近く。
こちらへ越したその日に、ふと別棟がある方向の窓をあけました。
ろうかを隔てて、別棟の軒先は窓から約2メートルほど向こうでしょうか。
目が合った(と私は思っています)のはつがいの鳩。

あらまぁ、仲のいい。

私の居るところは7階なのですが、6階のおうちの軒先だったり、お隣の軒先だったり。
転々としてながらも、いつも一緒。

夏を迎え、そして暑い最中。
体は弱りながら、だけど意志だけは強く貫く母との時間が過ぎていきます。

いろいろな想いに、右往左往する私の気持ちをずっと見届けるように、つがいの鳩は居続けます。

母が天国に行ったその次の日。
気になって見た軒先には、1羽になった鳩が居ました。

そして、秋をむかえ何時の間にやら、1羽残った鳩の姿も見なくなりました。

強くなろうとするのでなく、ただ、思いを受け取ることだけを。
生まれたときに望まれたように、命を大切にして幸せになるように、思いを感じていたこの3ヶ月だったかなぁ。

きょう、ベランダ越しに寒そうに毛を目いっぱいたてて寄り添う2羽の鳩とまた出逢いました。

喧嘩していたのかしら。
それとも、ただの旅行かしら。

この子達が、7月からずっと私を慰めてくれていた子達かどうかも、分からないのですけれど。
(^^ゞ

嬉しくて。
温かいものも同時に戻ってきたような気がしました。

* * * * * * * * * * * *


この2年。
私は受け取りながら、変化することができたのだろうか?歩き続けてこれたのかな。
立ち止まっていなかったかしら。
自問自答の答えを、いただいたような気がします。
心から切望し、そのために痛み、攻撃していた「母性」のかけら、そしてそこに入っていく勇気を私が持てたのだとしたら、、、。

本当の母の愛を受け取れたのかもしれません。

母ちゃん、生んでくれて、ありがとう。


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2011年2月15日

幸せを求めて アルゼンチン&ペルーの旅~

 昨年12月の22日から 今年にかけて 南米の旅に娘夫婦と出かけました。

娘の新婚旅行に便乗して アルゼンチン&ペルーの旅です

中部国際空港から成田。成田からヒューストンを経てやっとアルゼンチンのブエノスアイレスに到着です。

 飛行機を乗り継ぎ乗り続け、 一日半かけての行程です。
座ったままの何十時間の間に出た食事は 数回ありました~。

やっと着いたブエノスアイレスでは エビータの眠る墓地見学や食事しながらアルゼンチンタンゴとペルー音楽を堪能しました。

翌日はまた飛行機で イグアスまで移動し“イグアスの滝”の観光です。
世界一といわれるイグアスの滝の雄大さに圧倒され 亜熱帯気候の一部である植物や動物や、花びらが舞うように蝶の群れが私達を迎えてくれました。

 私にとってこの旅行の目的は“マチュピチュ”行きです

世界遺産であることと日本から一番遠い世界最大のパワースポット。

まだ婚約中の娘夫婦が新婚旅行先をマチュピチュに行く計画を立て始めた頃
マチュピチュへの道が大洪水に見舞われ 復興出来ないかもしれないというニュースが流れました。

 「もう いつ行けるか分からない・・・」「私は今世紀中は無理?」

 そう思った瞬間 「生きたぁい~」と心の中で叫んでいました。

私の願いが天に届いたのでしょうか 結婚式の数日前マチュピチュ復興が分かったのです!
行ける!としたら便乗しかありません。(笑)

 
 長い旅路の末  高い山のてっぺんに浮かんだ空中都市
まるで異次元の世界に迷い込んだような錯覚に陥りました。

目の前の山にかかる 何本もの虹!
悠々と目の前を 横切るラマ
花の蜜を吸いに来た ハチドリ
両手を広げて パワーをいっぱいもらった後ー

 遺跡の石に座り込んで 虹をながめる私に娘の一言

 「おかあさん、幸せになるしか ないね~」・・・


 ーーもう一つこの旅の目的 使命がありました
それは 幸せを運ぶ エケコおじさんを買ってくることです。

 私がペルーへ行く事を知った友達が “エケコおじさん”の存在を教えてくれました。
あるテレビ番組で取り上げていた「幸せを運ぶエケコおじさん」

アンデス地方のインディオたちに今でも深く信仰されている伝統的な「幸せを運ぶエケコおじさん」は
一つ一つ手作りの人形で 土の焼き物でできた両手を広げ笑った顔の変なおじさんです。
お金(ドル札のコピー)・家・愛情・ジャガイモ・砂糖・お米・お酒などのアイテムを背中と首に背負い
背負った豊かさが手に入るし、願い事も叶えてくれると言われています。
 
 「ねえ 向こうに行ったら みんなにも買ってきて欲しいのだけど・・・」
友達は仲間の分も買ってきて欲しいと私に頼みました。

「あつこさん エケコおじさんのバイヤーですね」
と婿に言われるくらい 目の色を変え 「エケコ エケコ」と求め続け 20個以上を手荷物で大事に持ち帰りました。

 「ありがとう」といってすぐ玄関に飾ってくれた友達
 「大変な思いをして 幸せ届けてくれて 嬉しい~」と喜んでくれた友
 「部屋が なんか 違った雰囲気になったわ」と報告してくれた友人
 「早速 新居に飾る!」
 「すぐ願いごと お願いしたわ!」
 「幸せな気持ちをありがとう マチュピチュが天野さんを呼んだから行けたのね」

新婚旅行を「家族旅行」と言い方を変えてまで 連れて行ってくれた 婿
「私が幸せになる事」を信じてくれる娘
皆の幸せを願う友
みんなの幸せを願う気持ちをうけとってくれた友達
自分の幸せを叶えることを決めた友・・・

 
“いろんな幸せ”や“人の幸せを願う気持ち”が身近なところからどんどん広がっていくといいな~

 そんな思いを いだかせてくれた 「幸せを運ぶ」旅でした・・・・・・ 

天野温子のプロフィールへ>>>

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2011年2月 8日

プレゼントに添えられた、大切な思い。

2月も一週間が過ぎ、もうすぐバレンタインデーがやってきますね。
この日は、女性から男性へチョコレートをプレゼントして、自分の気持ちを伝えるという一大イベントですが、
もうすでにデパートやショッピングモールでは、どのショップでもそれぞれ凝ったチョコレートがたくさん並んでいますね。
そして、学生さんから主婦の方まで、皆さんいろんな思いを持ってチョコレートを選んでいることでしょう。
コラムをお読みの皆さまは、誰かにプレゼントを考えておられるでしょうか?

私自身は、以前は残念ながらこのイベントにはあまりご縁がないタイプでした。
内心ドキドキしながらも、気づいたら1日が終わっていた。
今振り返ると、そんな寂しい経験もいろいろしたなぁと思います。

そんな私も今ではステキなパートナーに恵まれ、今年も何らかのサプライズが(たぶん)待っています。

ちなみに、去年は奥さまから腕時計をプレゼントしてもらいました。
もう10年来、時計を持たなかったので、当初は慣れない感じもありましたが、
今では、ないと違和感があるくらいになってきました。

ついつい当たり前に使っている時計なのですが、こうして1年経ってみると何とも感慨深いものがあります。


この、誰かにプレゼントを贈るときって、選ぶ段階からけっこう悩みますよね。

ちゃんと受け取ってくれるかな? 喜んでくれるかな? 趣味に合うかな?
いろいろ考えながら、品物を選び、包装してもらい、その日まで大事にしまっておく。

そして当日になり、どんな場所で渡そう? なんて言って渡せばいいだろう?
なんてことをいろいろ考えたり、時にはシミュレーションするのかもしれません。

何故こんな事を書くのかと言うと、男性側ってこのことをどこまで意識しているのだろう?って思ったからです。

このコラムを書くにあたり、奥さまに質問されました。
「私以外で、一番印象に残ったバレンタインデーっていつ?」

記憶の中から以前の彼女が出てきたので、その日を思い出そうとしてみたものの、なぜかあまり思い浮かばないのです。
彼女とは良いときもあれば、悪いときもあり、その波が大きかったという心理的な理由もあるのかもしれませんが、
一番の問題は、その彼女の葛藤や、思い、気持ちを、私が気にしていなかったという事でした。

もちろん本当にうれしいですし、感謝もします。そして、相手にその思いは伝えました。
でも同時に、そこまでしてもらっても・・・とか、自分のためにいいのかな・・・とか、
うれしいような、でも、ここまでやってもらって悪いような感覚が同居していたように思います。

彼女が一生懸命考えて、悩んで、走り回って、選んだ品が目の前にある。
そのありがたみにあまり目を向けていなかったなぁ、ということを今さらながら気づいたのです。

最初はかなり仲良しだったのに、やがて彼女とだんだんうまくいかなくなり・・・。
結果はとても残念な事になってしまったのですが、その一因でもあったなぁと思うのです。
心理学的に言えば、当時の私は「受け取る」という事ができていなかったからなのでしょうね。

人にはいろいろしてあげるのが大好きなのだけれど、自分自身に対してしてもらうのはどうも苦手・・・。
これは、私が幼い頃からずっと積み重ねてきた、ある意味常識的なものだったからです。


この苦い出来事を振り返って、あるとき今の奥さまに、チャレンジとして自分の気持ちを伝えてみたのです。

例えば、晩ご飯の時に、
「僕の健康を気にして、野菜を多めにしてくれたんだよね。
そして、他の用事をしながらも、帰る時間に合わせてご飯を用意してくれたんだよね」
と、目の前に並んだご飯を眺めつつ、そこで浮かんできた言葉を伝えてみたのですが、反応はすこぶる良好!

場当たり的とも言うか、せっかくなので今身につけている時計についても言ってみました。
「いろいろお店に足を運んで探してくれたんだよね。
ちゃんと受け取ってくれるかなぁ?似合うかなぁ?気に入ってもらえるだろうか?っていろいろ迷ってくれたんだよね。
そして、自分に一番似合って、一番使いやすそうな時計、長く使えそうな時計を選んでくれたんだよね。
おうちに持って帰ってから、見つからないように大事にしまっておいて、渡すタイミングや場所を考えてくれたんだよね」って。

そう伝えるだけで、奥さまの顔が一気にほころんでいくのです。
そして、ちょっと照れくさそうな顔をしつつ、嬉しそうな表情が見えました。
内心、よし、奥さまを喜ばしたぞ!って感じで、なんだか私まで良い気分になっていたのです。


何かをしてもらったとき、相手なりの頑張りに意識を向けて、そのことに承認や感謝を伝えてあげると、
相手は「良かった」とか「報われた」と安心し、自分の愛に自信を持つんですね。

もしも「何だか悪いなぁ」とか「なんでプレゼントをくれるんだろう?」と思ったときは、こうつぶやいてみてください。
「世の中には、私のことを思い、愛情や感謝を贈りたい人がいる」
この言葉を心に刻むことができたとき、受け取り上手の道が少しずつ広がっていくことでしょう。


もうすぐバレンタインデー、そしてその一ヶ月後にはホワイトデーですね。
また、卒業シーズンも迫っていますし、会社の異動や出向、転勤という方もいらっしゃるかもしれません。

何かとプレゼントが渡されるこの時期に、ちょっとした受け取るレッスンになればなぁと思い、
このコラムを書かせていただきました。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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2011年2月 1日

大好きなことに隠れていた好きなこと

私は、OLカウンセラーです。
日中は、会社員をして、平日の夜や土日にカウンセリングをしています。だから、お昼は財布だけを持って、弁当を買いに行きます^^

ある時期、会社の方の仕事が徐々に忙しくなっていました。
OLとカウンセリングの両方を続けるには、少し仕事量が多くなってきたと感じたなと感じていました。
しかし、そのときの私の中には、転職するという選択もカウンセリングをお休みするという選択もありませんでした。
そして、私にとっての会社の方の仕事が忙しくなることは、どこかカウンセリングを邪魔されているような感じがしていたのでした。
とはいっても、今までの徐々に増していた忙しさは、忙しくなってきたといっても、なんとかやっていける範囲のものでした。

そして、事件は起こります。
会社の方の仕事が今までにも増して、急激に忙しくなったのでした。平日のカウンセリングを行うのは難しい状況になってしまいました。
幸いこの忙しさにははっきりとした要因があり、数か月後には、急激な忙しさも終わるということも分かっていました。ですから、私がどれだけカウンセリングが好きだとしても、カウンセリングをするにはカウンセラーの心の余裕は必要だし、体を壊してしまっては本末転倒だと考え、この急激な職場環境の変化に戸惑いながらも、平日のカウンセリングを休むことにしたのでした。
平日は、OL業に専念する日々が続きました。そして、あることに気づいたのです。

「私、この仕事も好きだ!!」

これは、私にとっては意外なものでした。
今まではこの仕事が忙しくなるということは、日常生活の余裕やカウンセリングをする時間を圧迫するものと感じていましたから、これに気づいたときは、すごくびっくりしました。

好きなOLと好きなカウンセラーとの間で、葛藤していたということが判明したのでした。
なんとも贅沢な悩みです。
そして、OLの仕事よりも少し(?)カウンセラーという仕事好きだったということなのだと思います。
この急激な忙しさがなければ、私は、OLという仕事が好きであるということに気づかなかったと思います。
やっぱり、好きを感じられるというのは心地が良いものです。
OLという仕事を嫌いでなかったことにどこかほっとしていて、どちらも好きと感じることが出来て、私の心はどこか喜んでおります。

皆さんの周りにも、大好きに隠れたたくさんの好きがあるかもしれませんね。

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