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2011年1月25日

今では…今も…

駅に着くと、溶けた雪がシャリシャリと歩く度に音が鳴る。
扉を開けると「おかえり」と妹が出迎えた。
「やっぱりこっち寒いね~」と言うと、「ネェ(姉)は寒がりやからね」と妹。
「これ着ぃ~」とスキーウェアの様な分厚い部屋着を用意してくれた。

久しぶりの実家で、ふと、妹の小さい頃を思い出した。
私が高校生の頃、歳の離れた妹を保育所まで迎えに行く。
妹を迎えに行くと、まだお迎えの済んでいない1,2人のお友達と遊んでいる。
私の顔を見つけると、チラッと見てやってくる。
妹と手をつなぎ、家まで帰ると遊びタイムの始まりだった。

ビー玉遊び、あやとり、ぬいぐるみ遊び 二人で遊んだ。
今では申し訳なさでいっぱいだけど、買い物が面倒で小さい妹をパシリに出したり、
遊んでいて理由は覚えてないが、妹が突然「ギャンギャン」泣き出したり、
塩と砂糖を間違えていた私の特製フレンチトースト張り切って妹に食べさせると、
一品を食べ吐き出したり…と。

そんな懐かしい思い出を経て、今では妹が私にアドバイスをしてくる。
面倒くさがりの私に妹が言う、
「これをやったら、これができるって思いながら先をやらなあかんことやるんよ」と。
どうやら、妹なりの「自分へのご褒美のしかた」の様。

妹の運動会で妹の友達から「お母さん若いな!」と言われていた私は思った…。
いつも手をひいて歩いていた妹も成長したな…!
当たり前な事だけど、どうやら月日は流れている様だ。

カウンセリングを通じても私は想う…
「成長していない、、」と嘆くあなたがいても、
必ず「陽が昇る」月日は流れている。
歳をとっただけ?そんな事はない。あなたが動き、経験した分だけ、あなたの感情は動く。
そして、見えてくるものも多い…。

傷つくのが怖い?
もう傷つきたくない?
人はどうしても怖くなると心の扉に鍵をかけてしまう… 守りに入る。
守りに入ってしまうと、何か変えようとしても難しい。

自分のフィールドを飛び越えて初めて何かが見える筈。

傷ついてでも大切にしたい何かを感じる、という気持ちは勲章ものだと思う。
プロセスを経て、あなたは必ず磨かれていく。
そして、大切なものが見えてくる。大切なものってなんだろう?
何を通しても守りたいものは何?
普遍的なあなたの信念は何?
全部を削ぎ落して、最後に残った大切な想いは何?

人の一生は限りがあるもの。
どう生きていきたいか。
つくるのは、オーダーメイド。あなた自身。
もし、あなたがタイムスリップしたら過去に戻りたい?未来?
もし私がタイムスリップしても変わる事のない、普遍的なものはある。
物や事、状況が飽和状態の現代でも…
必ず、あなたにも出来る事がある筈。
および腰でも、怖くても進む気持ち…
心を開いて進んで行けば、
それが「必ず、あなたが変わるきっかけ」を作ると私は信じている。

駅までのシャリシャリ鳴る雪道を下り、妹との思い出を振り返りながら…

新年、「今では…今も…」変わらずに想った。


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2011年1月18日

「成功の秘訣」(韓国人の友人の言葉)

みなさんは自分の意志が、どれくらい実現すると信じていますか?
自分の言葉や思いにどれくらい影響力があると思っていますか?

人の思いや言葉にはすごい力があると私は信じています。今回はそう感じさせてくれた友人とのエピソードについて書かせて頂きますね。

私は20代前半、ワーキングホリデーでオーストラリアに1年間、滞在しました。

ワーキングホリデーというのは、休暇を楽しみながら、その期間の滞在資金を補うために現地で一定の就労が認められている制度です。

オーストラリアに渡って最初に語学学校へ通ったのですが、そこで韓国人の友人ができました。彼は以前、日本に留学していたこともあり日本語がペラペラで徳川家康の遺言まで教えてくれたのです(^^)

とても有能で頭の回転も速い人でしたが、普段はお茶目で面白いことを言いクラスメイトを和ませてくれたので、その友人のお陰で、もうひとりの韓国人、私、そしてもうひとり日本人の友人、4人で行動を共にすることが多くなっていきました。

どちらかというと、おっとりしていて、あまり主張をしない日本人ふたりと、がむしゃらで自己主張は強いが面倒見のよい韓国人ふたりは、不思議と調和が取れ韓国人のふたりも僕達のいうことは素直に受け入れてくれたので楽しい日々を送っていました。


当時の韓国の人は日本人を嫌っている人もたくさんいましたが、一度心を開けば、家族のように接してくれたのです。

互いの家を行き交い、時には将来のことも語り合いました(かっこいい言い方ですが、ただおしゃべりをしていただけです^^)

でも、いつだったか真剣に将来のことを語り合ったことがありました。

その時に韓国人のふたりは家の軒先でギターを弾きながら(笑)ふたりとも「自分は将来、会社を興して社長になる!」と言ったのです。

サラリーマンを辞めてオーストラリアに行った当時の私には社長になるという彼らの発想がピンと来ませんでしたし、悔しいかな、将来どうしてもやりたいことなんてなかったんです(><)

もうひとりの日本人の友人も、どちらかというと私と同じような感覚でふたりで「絶対に社長になる!」と言っている韓国人の友人を「はっきり展望が見えていて羨ましいね」なんて言っていました。

その時点では英語のレベルで言えば彼らと私達は同レベル。だから同じクラスになったのです。

でも、ふたりには強い意志と強烈なリーダーシップがあったので、いずれ実現するのだろうなと思っていました。


(それから十数年の月日が過ぎて)


「人の思い」と言うのは、すごいですね。

あれから十数年、彼らふたりは宣言したとおり社長になっています。ひとりは韓国に帰り数千人の従業員を抱え自社ビルも建てたそうです。

そして今でも密に付き合っている、もうひとりの友人はニュージーランドで会社を興し年商数億(日本円に換算した場合)を売り上げています。

その親しく付き合っている友人は一年か二年に一度、私のところに会いに来るのですが、お金持ちになった今でも一緒に回転寿司で「おいしい、おいしい」と寿司を食べ100円ショップで買い物をし高級ホテルではなく私の家に泊まっていったりもします(笑)

例え数年ぶりに再会したとしても、心はすぐに将来を語り合っていた十数年前に戻ってしまうんです。

そして2ヶ月前、その友人が久しぶりに会いに来て、ふたりで鎌倉に行ったのです。

その車中、彼は私にも夢や目標ができたことを自分のことのように喜んでくれました。カウンセラーとしてもっともっと成功したらニュージーランドにも出張で来て、うちの会社の専属カウンセラーにもなってくれって(^^)

そして竹寺として有名な報国寺に行きました。20代前半、ハンバーガーやジャンクフードばかり食べ語り合っていた私達が静かなお寺で抹茶を飲みながら語らえるようになるのですから、人というのは変わるものなんですね^^

そして、彼に「どうして成功したと思う?」「成功の秘訣は?」と訊いてみたのです。

すると彼は分からないって^^
何が秘訣かは分からないけれど、「ただやってみることだ」...って

彼は十数年前、社長になるとは言っていましたが、どの業界で、どの国で、どんな人を相手に商売をするかは公言していなかったし正直、本人も当時は何をしていいかは、分からなかったそうです。

でもその後、人の上に立つにはどうしたらよいか?を真剣に考え、学び、働き、将来は経営者になるということを周囲の人に堂々と宣言していたら輸送業界に誘われ数年後、彼のリーダーシップや人間性を買われ、まず雇われ社長に抜擢されたそうです。更に数年後、彼の経営方針や人柄に惹かれた人達の協力もあり、ついにオーナー社長になりました。今では他の業界にも幅を広げ更なる飛躍を考えているそうです。

その彼が言うのだから説得力があるんですよね。

「やってみて気付けることがたくさんある」って
「それが今の成功に繋がっている」...と

でも、その「やってみること」が難しいんですけどね(><)

その話を彼から聞いて私もまったく同じことを考えていたので嬉しくなりました。

成功するか?しないか?はやってみないと分からないですよね。

この人生、評論家や分析家である前にプレイヤーでありたいと、いつも思っています。

ただ、彼はそんな感動的な言葉を私に伝え、私がそうだよな~とジーンとしていた、すぐ後に抹茶を飲みながら真剣な顔で「この青汁、結構いけるね」って(笑)

それも周りの人に聞こえるような大きな声で^^

おいおいと思いましたが、それが彼の良いところで...

彼が狙って言ったのか、それとも天然なのかは分かりませんが、周りにいた見ず知らずの人達までもが笑いの渦の中に包まれていきました。

大物というのは、そのようなユニークさも兼ね添えているのかもしれませんね^^

そして、もうひとりの日本人の友人は今、オーストラリアで歯科技工士になるため、着々と準備を進めています。

20代前半にシドニーという街で将来を語り合っていた4人の若者達が今、それぞれの夢やビジョンを見つけ韓国、ニュージーランド、オーストラリア、そして日本で、そのビジョンに向かって着実に歩いています。

一緒にバカなことをして遊んでいた彼らが成功しているのだから、私も負けていられないな。

今、強くそう思っています。

土肥幸司のプロフィールへ>>>

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2011年1月11日

望んだものが手に入るとはこのことか!

こんにちは、三島桃子です。
いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます。

「灯台もと暗し」とはよく言ったもので、カウンセラーといえども自分のことはよく見えていないことがけっこうあります。そして悩んで、葛藤して、ある日ふと気付くのです。「あああ!これはあれだ~、何年も前から頭では知っていたあれだ、あの心理法則そのままじゃないか~!」と。そして、内面がひとつ成熟するのです。そういう部分は、ご相談をくださるお客様と同じですよね。

今回もそんなエピソードをひとつ。

以前からコラムに時々書かせていただいているのが母のことです。

私は長い間、母との間に「癒着」がありました。「癒着」とは、別々の人間であるのにも関わらず、心理的にくっついてしまって、相手と自分との境界があやふやになってしまうような状態のことです。癒着のある親子は、親がやたらと子どもに干渉したり、子どもが必要以上に親を心配したり、どちらかが相手にすごく依存してしまったり、ということが起きます。結果的にはバランスのとれた関係がなかなか築けなくなり、子離れも親離れもできない状態に陥りがちです。

私自身もそういう状態でもがいていたのですが、カウンセラーを目指す中で、自分の気持ちともずいぶん向かい合ってきて、母との癒着は少しずつ薄くなっていきました。癒着がなくなると、今まで問題だと思っていたことが問題ではなくなり、気分的にはとてもすっきりします。

私もかつてにくらべると、ずいぶん気持ちがすっきりしました。でも、母のことで最近になってもひっかかることがありました。

母は、私と7つ上の姉を比べて、「お姉ちゃんの方がすごい」というようなことをよく言います。子どもの頃からそうでした。「お姉ちゃんの方が絵がうまい」「お姉ちゃんは優しいのにあんたは優しくない」「お姉ちゃんは華がある、あんたはそうでもないね」

まあ話の前後もありますから、母の言葉だけを取り出してどうこう言うのも何なんですが、こういう母の言葉が私の気持ちにすごく残って、頭の中でエコーしてしまい、「そういう言い方しなくてもいいやん」と悲しくなったり、腹が立ったりすることが以前から時々ありました。

でもいいかげんこういうのやめたいな、と思いつつ、何となく考えていたんです。すると…。

(私の心の中のつぶやき)
えーと、もともとは、お母さんの口癖は「お姉ちゃんに比べて、あんたは恵まれている」だったんだよね。お母さんは、お姉ちゃんが生まれてすぐ仕事に復帰して、お姉ちゃんを人に預けっぱなしだったけど、私を生んだ時は仕事をやめていて自分の手で育てた。子どもの時、お姉ちゃんは体が弱くて、私はそうでもなくて、お姉ちゃんはメソメソ泣き虫で、私はワーワー元気に泣く子で。そんな違いは、自分のせいじゃないかとお母さんは思ってたみたいで、お母さんはお姉ちゃんに十分なことをしてあげていないという負い目があって…。

それで、なんか私は罪悪感を持ってしまっていた…。私だけ恵まれて、お姉ちゃんに悪いなあって。だから、お姉ちゃんの方が優れていることになるようにしようって、何となく思っていた…。(今考えると姉に対しても何か失礼な話なんですが…)

そう、「姉が優れていて、私はそれほどでもない」というのは、私が企てたストーリーだったのかもしれない。そうしたらお母さんが安心するから。姉に対して自分が罪悪感を感じなくてすむから。私が企てた…つまりは私が望んだ…。

望んだものが手に入っていた?

「良くも悪くも、望んだものが手に入る、自分にとって幸せな状況も、つらい状況も、自分が選んだものだ」という心理法則は何度もきいてきましたが…。

「私より姉の方が優れている」という自分が望んだ状況が実現しているのだとわかると、自然に、「ああ、もうこの状況を望むのはやめよう」と思えました。同時に、母の発言に対して腹を立てる気持ちがすうっと消えたような感覚になりました。

母には母の事情がありますから、これからも「お姉ちゃんの方が優れている」という発言はあるかもしれませんが、「私よりお姉ちゃんの方が優れていることにしておく世界」を手放した私は、そういう発言にひっかかってやたらと悲しくなったり悔しくなったりすることは多分ないはずです。まあ人間ですから、ちょっとカチンとくるかもしれませんが、全体的には苦笑いで流せるのではないかと思います。

母のそんな発言も減ると思います。母のニーズに私が応えてしまっていたところがありますから、私の方が変われば、状況は変わると思います。

これからは、自分を幸せにするもの―例えば、母や姉との自然で良好な関係―を素直に望みたいと思います。望んだことはかなう、ということがよくわかりましたから。「望んだものが手に入る」とはこのことか、とつくづく納得した私なのでした。


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2011年1月 4日

素敵な出会い~一期一会

 「チチチー♪」
 
 私は時々 家近くの川沿いをウオーキングします
家の隣を流れるこの川は  淡水 浅瀬で いろんな生物がいます。
 鯉 鮒 めだか 白鷺 鴨 鵜 ウグイス ゴイ鷺 ヌートリアも見ました 最近ではカミツキガメに注意との情報が・・・

春には 整備された川沿いに綺麗な桜が咲き乱れ
秋は 一番にナナカマドの紅葉が見られとても気持ちのいい散歩コース
名古屋市内を流れる川にしては 自然に恵まれていて私は大好きです。

息子が小さいとき川に下りていって 鯉を捕まえてきたことも
 「おかあさーん 魚だよ! 捕まえた!」
自分の体の半分もあるような鯉を両手いっぱいに広げ抱えて持ってきました
 得意そうな顔とびしょ濡れになった服
 「凄いね~大きい魚捕れたね どうするの?」
 「飼うの」
小さい頃の息子は 生き物が大好きでした 
とはいえ・・・50センチほどもある鯉は飼えません
一旦 ベビーバスに入れておいて 翌日川に返しましたが

ーー扇川ーー

この川沿いを歩いていたある朝

 「チチチー・・♪」

聞きなれない鳥の声がしました
大きくはないけれど 透き通った力のある鳴き声
ふと 鳴き声の方に目をやると
飛び立っていくその鳥の広げた羽は なんと綺麗なブルー! “川蝉”でした

背中と広げた羽の内側が 翡翠色 
カワセミの別名の翡翠 そのものの美しさでした
 
この日の朝 このルートでこの時間に散歩に出かけ
「チチチー」 聞きなれない 小鳥の声に 目を向けなかったら

 めったに見られないはずの 川蝉に出会わなかったでしょう


飛立つ姿は“幸せの青い鳥”のように見えました

少し落ち込んでいた私に希望の光を見せてくれたような気がしたのです。

人との出会いもそれに似ているかも知れません
 茶の湯の教えで「一期一会」という言葉があります
「たとえ今後幾度かの茶会を開く機会があるとしても今日のこの茶会は二度と無いと思い、この機会この出会いに精一杯、誠意を尽くす」
今は 転じて 「一度限りの機会 一生に一回限りの出会いを大切に」と捉えられていますが 
出会いを大切にする。出会いには何らかの意味がある。という点は同じだと思っています。


 大切な出会いを見逃さないためにも
閉じ込めていた心の目を外に向け
考える人のポーズである右手をはずし
少し 周りを見てみませんか?

偶然
あなたと出会い
たまたま出かけた場所で
気が合う人を見つけ
気がついたら隣で笑いかけ


その人があなたの 将来の友になるかもしれません
    あなたを助けてくれる人かも知れません
    パートナーや 恋人になるかも知れません

思ってもいないところでの 偶然の出会いは あなたを幸せにしてくれるかもしれません

わくわくしながら 出会いを楽しんでみましょう

 今年一年  あなたにも素敵な出会いがありますように

   祈りを込めて・・・

天野温子のプロフィールへ>>>

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