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2010年1月26日

2人の天使と甥っ子~価値を知る~

私には、一人甥っ子がいます。
最近、私たちはとっても仲良しです。
3歳満たない甥っ子と叔母の関係で、仲・不仲を語るのもおかしな話かもしれませんが・・・。

そもそも、私は、子どもが欲しいとか、子どもが好きということをあまり実感したことがありませんでした。
姉が甥っ子を授かったとき、日に日に大きくなっていくお腹を見ながら、未知との遭遇に戸惑っていました。当たり前と言えば、当たり前かもしれませんが、私はまだ子どもを授かったことがありませんから、妊婦の姉に対してどう接していいか、どうサポートしたらよいかも全く分からず、右往左往していました。そういった意味では、パパになった男性の心理に似たような感じだったのかもしれませんね。
甥っ子が生まれてからは、どう接したらよいか分からないという戸惑いは生まれる前よりも更に増して、遠巻きに眺めるといった感じでした。とても神聖な感じもするし、あやしても何で泣いているか分からないし、泣きやまないところを見ると腹黒さがばれている感じがするし、正直にいえば、どう扱っていいのか分からず、かわいさを感じる余裕がありませんでした。
そして、甥っ子2歳半を過ぎたころ、ようやくかわいさを感じる余裕が私にでき始めました。

ある日の休日、甥っ子と2人でお留守番。
私が遊んでいる甥っ子を横に本を読んでいると、相手をしてくれないと拗ねる甥っ子。
最近では、寂しさを感じて拗ねる姿すら、かわいくて仕方ありません。
「ごめんね」といいながら、気を取り直して、仲良く遊んでいるところに姉が帰ってきました。

「ビッグニュースよ、お腹には赤ちゃんがいるって♪しかも、2人だって~。」

それを聞いて、すごく嬉しくなりました。
生まれるのはまだまだ先だけど、居てもたってもいられず、仲間にお知らせする私。
甥っ子のときは未知との遭遇に戸惑いが先行していたけれど、今回はストレートに喜んでいる私がいました。

あれ??甥っ子を授かったと聞いたときの私の反応とまるで違う??

その反応の違いは、甥っ子と接しているうちに子どもの価値や魅力を甥っ子からたくさん教えてもらったからだと思います。
価値や魅力を知っているのと知らないとでは、それに伴う感情がこんなに違うものなんだなということを体験した出来事でした。

「甥っ子君、これからもよろしくね。
 まだ見ぬ天使たち、皆で首を長くして会えるのを待っているよ。」

2人の天使に会えることが、今からとても楽しみです♪
そして、私の周りは、さらに賑わいを増していっています。

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2010年1月19日

年末年始の思い出と母が実現させた夢

新しい年が始まり、1月ももう後半になりましたね。そろそろ年末年始のいつもと違う感じも終わったなという頃かとは思いますが、今回は私の年末年始の思い出について書かせていただこうと思います。

あれはそう、小学5年生か6年生の年末でした。多分2学期の終業式の前日あたりのことだったと思います。私は我が家の台所で家事を片付ける母の後ろ姿を見ながら考えていました。

「今日もお母さん機嫌あんまりよくないな~。なんかお母さんが喜びそうな話でもしたいんだけど…」

母は体があまり丈夫でなく、体調が悪いことはしょっちゅうで、体の具合が悪いとどうしても気持ちもふさぎがちになり、つらそうな顔をしていることが多かったのです。けなげな私はそんな母の気持ちを明るくしようと、時には作り話までしていました。私ってなんていい子だったんだろうとつくづく思います。もちろん、気を引いてかまってもらいたかったというところも大きかったんですけどね。

それでその日も、「母が笑顔になりそうな話題」をいっしょうけんめい考えました。そしてふと思い出したのです。算数の時間に先生からきいた角の三等分の話を。実は母は、数学が大好きで、数学の教師になりたいと思っていた人なのです。経済的に大学進学はかなわず、そのことが大きな心残りになっているということを、私は何度も聞かされていました。そして新聞に載る入試問題の数学を嬉々として解いている母の姿も何度も見ていました。その時ばかりは体のしんどさも忘れているように見えたものです。

ですから角の三等分の話をすれば、きっと喜ぶに違いない、と思ったのです。(角の三等分って字で書くとおり、線を引いてひとつの角を等しく三つに分ける、ということです。90度の直角を三等分すると、30度、30度、30度、の三つの角に分けることができるわけです。)

「今日算数の時間にきいたんだけど、定規とコンパスだけで角の三等分に成功した人は世界で誰もいないんだって」

この話題は、思ったとおりヒットでした。いや、ヒットしすぎた、と言った方がいいでしょう…。振り返った母の眼は、キラリと光っていました。母のそんな様子を見たのは初めてでした。話題が当たったことは感じつつも、何か開けてはいけない箱を開けてしまった時のような、そんなヤバさを同時に感じました。

案の定、ヤバいことになりました。その日から、母は客間に何時間も閉じこもるようになったのです。洗濯と食事の支度だけは最低限していたような気がしますが、それ以外の時間は客間のテーブルの前に座り込んだまま動きません。我が家には一人きりになって集中できる部屋は客間しかありませんでした。そう、母には集中する必要があったのです。定規とコンパスだけで、角の三等分を成功させるために。

何日も何日もそういう状態が続きました。それが他の時期ならまだよかったのですが、何しろ年の暮れ。本当なら、お正月準備というものがある時期です。大掃除、正月料理作り…。それらをすべて投げ打って、母は角の三等分に夢中になっていました。父も「まいったな」という顔をしていましたが、言い出したら聞かない母の性分はわかっていたのでしょう、大晦日に黙ってかまぼこをたくさん買ってきてくれました。台所に立つことのない父には、かまぼこぐらいしか思いつかなかったのでしょう。

父の買ってきてくれたかまぼこを私が切り分けて大皿に盛ったのが、新年の正月料理となりました。母もお雑煮ぐらいは作ってくれたように思います。何だか寒々しい元旦だったのを覚えています。よかれと思ってふった話題のために、この事態。母の数学への情熱は生半可なものではないのだということを思い知ったのでした。

その年のお正月はとても複雑な気持ちで過ごしたのですが、今となっては私の中で、いつ思い出しても笑える話№1の座を占める出来事です。おもしろいオカンでしょう~?(笑)

でも、すごいなって思っているんです。母の数学に対するマニアっぷり。本当に「好き」ってこういうことなんだな、ということを目の前で見せてもらいました。しかも母はその後40歳を過ぎてから、自宅でささやかな算数教室を開きました。学校の先生にはなれなかったけど、小さな塾の先生になったのです。通ってくれた生徒さんに算数を教える時の母は、本当に楽しそうで、幸せそうでした。母にとってはこれは夢の実現だったのだと思います。子どもの目から見てもしおれているように見えていた母の人生は、その後生き生きとした輝きを取り戻していきました。

思い通りにならなくても、ハードルがあっても、やりたいことのために自分にできることをする。母はそんな姿を見せてくれたように思います。その姿は私に、夢って型どおりでなくても実現できるんだよ、というメッセージを与えてくれました。そのおかげで、私は何か自由な感覚を人生に持てているような気がします。

改めて考えると、これは母に感謝してもいいことなのかもな~と思います。母の数学好きにはその他にもいろいろ振り回されたりもしたんですが…、でもまあ、お母さん、ありがとう!


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2010年1月12日

癒しの才能

音楽家とカウンセラーの共通点。
ライブに行った時に「ふっ」と思い浮かんだこと。

それは

「沢山の人を感動させたり、泣かせたり、癒したり、喜ばせたり」
できる職業だということ。

そういえば、好きなバンドの音楽から落ち込めば励ましてもらい、しんどい時は力をもらい、喜んでいる時はさらにハッピーにさせてもらったり。

そう思うとカウンセラーもクライアントさんを、沢山の言葉で励まし、力強く応援をして、喜びを一緒に分かち合い、
時には感動のあまり泣いたりして。

本当に共通点が多い職業。

そして後日、このことを友人に話すと意地悪な質問が返ってきました。

「確かに似てるかもしれんけど、音楽は沢山の人を同時に癒したり、感動させたりするのに、なるみのしてるカウンセリングの仕事は基本はクライアントとの1対1やろ。効率が悪いと思わへん?」
実は、僕も音楽家との共通点を思い浮かんだ時に一瞬同じようなことが浮かんだけど、同時にその考えが違うとも思いました。

そしてその思い浮かんだことを友人に言いました。

「カウンセリングはクライアントと1対1が基本やけど、そのクライアントの幸せを願っている人が沢山いるわけやん。
そしてクライアントが癒されて笑顔が増えていったら、幸せを願ってくれている人が喜んでくれて癒されていくねん。
その癒された人を見てまた別の人が癒されていくという繋がりがどんどん広がっていくから1対1のカウンセリングかもしれへんけど、本当はすごい人数を癒しているのと同じやと思うわ。」

それを聞いた友人は

「確かにそうかもね。うちの介護者の家族も私が一生懸命に介護してて、介護者が楽そうな顔をしてたら後で凄く感謝された経験があるわ。」

この友人は介護施設に勤めているので、あらためて振りかえった時に色々と思いあたる
ことがあり、お互いに、

「一人の人を癒すことは、沢山の人の癒しにもなる。」

とあらためて心に刻みこみました。
そして話を進めているとさらに気づいたことがありました。

「幸せな思いや気持ちにさせてくれる人はすべてカウンセラーや音楽家と同じかもしれない、だって恋人や友人や両親や赤ちゃんにも癒してもらえることがあるし、その中でも言葉が発せない赤ちゃんの笑顔が一番に癒してもらえることが多いから、誰にでも癒しの才能があって極端にいえば癒しの職業もいらんかもね(笑)」

と笑いながら話をしました。
そう考えると癒しの才能とは素敵な言葉や技術よりも生まれた時から誰にでも備わっている

「笑顔」

という2文字と言えるかもしれないですね。

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2010年1月 5日

ありがとうが言えた!

 その昔、私の心が暗闇の中にだけいた頃のお話です。

 その頃、誰かが私のために何かをしてくれた時に、私は「すみません」「ごめんなさい」としか言うことができませんでした。「こんな私」のために何かをしてもらうのは、ただただ申し訳なかったのです。迷惑かけてごめんなさい、手がかかる子でごめんなさい、そんなことをしてもらっても何もお返しできません、とにかく申し訳ない気持ちだけでいっぱいでした。

 そしてどこかで、こんなに申し訳ない気持ちにならなきゃいけないんだから、お願いだから私のために何もしないでください。私のためを思うなら、どうか放っておいてください。親切になんてしないでください。当時はそんな風にも思っていたような気がします。だから、誰かが私のためにしてくれることに「ありがとう」と感謝することはとても難しかったのです。

 ある時、「ごめんなさい」は「自分の気持ち」を見て言う言葉だという話を聞きました。何かをしてくれる人は、私に「申し訳ない」という気持ちを感じさせたくて何かをしてくれているわけではない、というのです。考えてみれば、確かに嫌がらせをされているわけではありませんでした。むしろ、好意でしてくれているのはよくわかっていたのです。私からしてみれば、「こんな私」が好意を受けるなんてとんでもないこと、だったのです。「ごめんなさい」としか言えないのは、私の都合でした。

 それまで、「何かをしてくれる人の気持ち」までは考えていませんでした。自分のことで手いっぱいで、人の気持ちを考える余裕なんてありませんでした。うつむいて下ばかり見ていて、前が見られなかったのです。そのことに気づいてからは、相手の気持ちも考えてみよう、少しずつ前を向いてみようと思いました。何かをしてくれる人は「ごめんなさい」と言われるよりも「ありがとう」と言われる方が嬉しい、というのは頭ではよく理解できました。

 それでも、なかなか私は思うようには行動できませんでした。

 そんな時、一番私にいろいろしてくれる人に、「『ありがとう』って言われたら、なんて言い返すの?」と聞いてみました。その人は「It's my pleasure(=それは私の喜びです)と答えるよ」と教えてくれました。「してあげたい」からしてくれているのだそうです。見返りは求めていないし、ただしたいからしているのだそうです。私に何かしてくれることは、その人にとって何の無理もない行為だったのです。

 それを知ってから、はじめて何かをしてもらえて「嬉しい」って感じてもいいのだと思えるようになりました。「ありがとう」というのは、「あなたがしてくれたことで私は喜んでいます」って伝える言葉だと実感することができました。そこでようやく私は感謝をこめて「ありがとう」と言えるようになりました。

 「ありがとう」と言えるようになってから、私の周りには笑顔の人が増えました。そして、「ありがとう」と言ってもらえることが私の喜びにもなりました。「ごめんなさい」としか言えなかった頃と比べると、とても楽な気持ちで毎日を過ごせるようになりました。

 今はまだ「ごめんなさい」としか言えない方、もしかしたら「ごめんなさい」とすら言えない方もいらっしゃるかもしれません。言葉が変われば、状況が変わります。いつか「ごめんなさい」が「ありがとう」になりますように。 

 最後まで読んでいただきありがとうございました。 

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