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2008年10月28日

まなざし

学生時代、いろいろな本を読みましたが、その中でも忘れられないものがあります。それは、坂口尚という漫画家が描かれた「石の花」という漫画です。
 
 第二次世界大戦中のユーゴスラビアを舞台に、侵略してきたナチスドイツとの戦いに巻き込まれた主人公の少年と少女の物語を軸に展開していくお話です。
 話は主人公だけでなく、様々な人物の生き様が語られていく複雑な話なので、簡単に説明はできませんが、
 少年は、ドイツと戦うゲリラ軍に参加し、少女は、強制収容所へ送られそれぞれの目で、戦争という極限状態の中で、たくさんのことを考えていきます。

 ヴィクトール・E・フランクルという心理学者が自らの強制収容所での体験を書いた「夜と霧」という歴史的名作があります。
 この本も簡単にはまとめることが許されない内容ですが、
悲惨極る情況において、作者の生きる意志と人間愛に包まれていると評される、この本が題材になったのではないかと思われるこの「石の花」には、戦争の悲惨さだけではなく、「人間とは何か」という問いに貫かれています。
 そして、どちらも、極限の苦しみ悲しみの中に「希望」を持っていることがすばらしいのだと僕は思います。

 この話を当時の僕が熱中して読んだのは、その頃の僕が「人は何故、争うのか。争わないでいられる方法はないのか」なんてことを真剣に考えていたからかもしれません。


 「石の花」の中には、こんな話がでてきます。
 これは、タイトルになって言葉が初めて登場するくだりです。

 主人公達が、近くにある大きな鍾乳洞を見学に行きます。
 そして、鍾乳洞の中にある、大きな美しい石柱をみて、少女がこう言いました。

 「まるで花のようだわ。石でできた花。」

 でも、それは、物質でいえば、花ではありません。石でしかありません。
 けれど、それを聞いた、登場人物の一人は、こう言うのです.

 「これを、花にみているのは、ぼくたちのまなざしなんだよ」


 人間は過去へも未来へも行ける
 記憶、思い出、理想、憧れ・・・
 それは人間の力だ。才能だよ。
 人間は現実の時間を歩きながら、頭の中で時を戻ったり先へ進んだり旅行できるってことなんだ。
 100万光年先の星も思い浮かべられるってことなんだ。


 時が経って、心理学を学び始めた時、僕が一番に思い出したのは、この物語のことでした。

 心理学の中では、ものの見方を変えてみよう、という提案がよくされます。
 例えば、せっかくのデートなのに、やってくるはずの電車がこない!
 遅刻は間違いなしで、気分は最悪、なんて時。
 そのまま最悪な気分でデートに行ったら、デートそのものが最悪です。
 けれど、この待ち時間を何かに使ってみよう、なんて見方ができたら、たまたま入ったキオスクに、彼女がよろこびそうな雑誌があった。これを買ってもっていってあげよう、なんてことが起こるかもしれません。

 少しだけでも、ものの見方や考え方を変えていくだけで、今までと違った世界がやってくる。
 それは僕にとって、大きな発見でした。
 しかも、学びを進めていくうちに、
「幸せな子ども時代を取りもどすのに、遅すぎることはない」
という言葉に出会った時には、
えー!そこまでものの見方を変えるだけで、戻っていけるのか!と驚きを隠せませんでした。
 そして、それがきっかけとなって、僕も辛かった子ども時代を、新しい視点で見てみようという思いにいたり、それを繰り返し繰り返すうちに、ようやく、あの状況でも愛されていたのだな、と思えるようになりました。
 そう、人は、過去へも未来へも行くことができるのです。思いひとつで。

 それは決して一人でやれたことではありません。
 奥さんや子どもや多くの仲間や師に支えられてやってこれた道のりでした。
 カウンセリングサービスで学んだことは、実は、理屈ではく、自分は本当はひとりではないのだ、と思える仲間達と出会え、それによって家族への愛を再認識できるようになったことが、最も大きなものの一つでした。
 そうした環境があることが、この場所の素晴らしいところなのだと思います。

 実際にカウンセラーとなることができたのも、今度は、多くの人に、僕が学んだ事を伝えたい、少しでも幸せのお手伝いがしたいという思いからでした。
 そして、今、たくさんの方のお話を聴かせていただく間に、当初の思いはますます強くなっていきました。
 ものの見方や考え方を変えることで、幸せな気持ちになっていく様子をたくさん見させていただくことができはじめているからです。


 人は、物事をどんな形にでもみることができます。
 最悪な出来事も、「もしかしたらしかたのない事情が、状況があったのかも」と思えたら、 その出来事を許せるようになることもあるのです。


 「石の花」じゃないけど、「石の花」

 石を花にみることができるのは、わたしたちの「まなざし」なのです。


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投稿者 cseditor : 2008年10月28日 00:00

コメント

いろんなことを考えさせられたコラムでした。
まなざし・・・納得です☆
ありがとうございました^^

投稿者 midori : 2008年10月31日 17:20

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