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2003年10月27日

●カルチャー・ショック

大阪に来て10数年経つのですが、今更になって文化や風習の違いに遭遇することがこのところいくつもあって我ながらびっくりしています。

第一弾。
東京に出張しているとき、原にこんなメールを送ったんです。
「ADSLの説明書ってどこに入れてあるの?」と。
しばらくして、原から返事が返ってきました。
「みずやの引き出しの中に入れてあるよ」と。

すぐに意味が分かりませんでした。
「みずやって何やねん・・・」

皆さん、分かります?
“みずや”

台所にある食器棚のことを言うんですってね。
僕は知らなかったんです。

それで早速アンケート開始。
面談にいらっしゃったお客さま何人かに聞いてみました。
「みずやって知ってます?知らないですよねえ〜?」って。

東京の方は知らない方ばかりでした。。。
中には関西に数年住んでいた方もいらして
「あっち(関西)ではそういうみたいですけど、こっち(東京)では言わないですね」

大阪に住んで10数年。
未だに知らない言葉があるもんやなあ・・・と感心しました。
因みに妻にこのことを言うと、
「うちのおかあは良く言ってたよ。年寄りは今でも言うんちゃうかな。裕幸ってやっぱりエセ関西人や〜」と。

      うるさい(笑)

第2段。
妻がまもなく妊娠5ヶ月に入るので、腹帯をもらいに行く時期なんです。
(これは全国共通の習慣なんでしょうか?)

うちの母殿はとても張り切っておりまして、
「戌(いぬ)の日にね、ちゃんと腹帯もらいに行くのよ。
 それから、お赤飯炊いて、近所の方に配らなきゃ。
 あ、もちろん、私も大阪行くから!!」

それを聞いた妻や妻の母はびっくりしてました。
「戌の日?お赤飯?こっちではそういう風習は無いわよ・・・」

関西では5ヶ月目に入ったら腹帯をもらいに行くだけらしいです。

そして、再びアンケートしてみました。
三重県からいらしてくれていたお客さまに聞いてみたんです。
「妊娠5ヶ月目の時ってどんなことするんですか?」

その方曰く
「戌の日にね、腹帯をもらいにいって、お赤飯炊いて近所に配って、
 それから、あわびの雄と雌を食べて、その肝も食べるんです」

      増えてる・・・。

東海地方では「戌の日」「お赤飯」の風習はあるのかな。
「あわび」ってのは三重県独特なんじゃない?なんて話をすると、
「でも、お医者さんも5ヶ月目に入ったら、そういう風に言うんですよ。
 全国的な風習かと思ってました」と。

これは東京や名古屋に出張した際に、再び調査してみなければ・・・。

皆さんのお住まいの地域ではいかがでしょうか?

文化や風習の違いっていうのは、僕が静岡から大阪に来た時に、散々洗礼を受けたものですが、10数年経ってもまだまだ色んなところにあるんですね・・・。

これで九州など、違う地域に出かければ、当然また見知らぬ風習に出会えるんだろうな、なんて思って、将来にわくわくしていたりします。

#因みに関西に来て一番ワケ分からん・・・と思った風習は
 「節分の日に、その年の方角を向いて、太巻きを食べる」
 今では結構全国規模になってるみたいなんですけどね。

その土地の風習ってのは、そこで育った人にとっては当たり前なので、ついつい全国共通なんて思ってしまうものですよね。
(特に関西人は多いみたいです)

僕も以前エッセイで紹介した「念仏」も全国共通のものだと思ってました。
(実際は無形重要文化財に指定されているくらい独特のものでした)

それから、「建て前」と言って新築の家を建てるときには、木組みができた時に屋根からお餅やお金をばらまくんですね。
「家が焼けるから、建て前の時に拾ったお餅は焼いちゃいけない」なんて言われてて。
これは関西では見たことない風習ですね。
(ま、僕が住んでいる地域ではあんまり家を建てている姿を見たことも少ないですが・・・。)

それから、日本ではあまりメジャーではありませんけど家の宗教によっても違うところもありますね。
うちの母方は神道なので「玉ぐし」を使うんです。
なので、ご焼香のやり方は大きくなるまで全然知りませんでした。

食べ物に至ってはやはり関東と関西では全然違います。
(僕が初めて大阪に来てうどんを食べた時、ほんまに味が分かりませんでした・・・)

そういう文化の違いに出会うとまだまだ面白いことが色んなところに出てくるんだろうな・・・と思ってわくわくします。


根本裕幸

投稿者 csadmin : 10:43

2003年10月24日

◇日常から離れてみる

休日を利用して大阪市内のホテルにリフレッシュに出かけました。
以前からシティホテルが好きで、疲れを癒しに時々出かけます。

今回は妻が妊婦であることを事前に伝えていたせいか、通常の部屋から
スイートルームにアップグレードしていただいて、なおさら
リフレッシュ度がアップしました。
ありがとうございます(^^)って感じで。

ホームページの更新作業があるので、ノートパソコンを持ち込んで仕事を
すすめていたのですが、効率もアップして気持ちよく作業ができます。
環境が変わったことも大きいのですが、部屋が広かったり、景色がきれいだったり、
照明がほどよい明るさだったり、使っているデスクやチェアの質が良かったり、
部屋の持つ雰囲気というか、オーラというか、エネルギーというか、
そうしたものがとても心地よいんです。

いわゆる“癒されるなあ”という感じ。

自宅もキレイで居心地の良い場所なのですが、やっぱり違うものがありますね。

ホテルの一室というのは“非日常”の塊なんですよね。
日常生活から隔離された空間にあって、調度品も高そうなものが多く、
何でもリクエストに答えてくれるスタッフがいて、自由、気ままを安心して
満喫できます。

よく「自分の部屋は自分の心を映し出す鏡」なんていうんですが、
自分が住んでいたり、仕事をしている街にも自分の心は投影されます。
その空間から少しでも離れると、心が解放されたり、自由を感じられたり、
日常を客観的に見つめることができたりするんですね。
(そういう意味で面談のカウンセリングっていうのは“非日常”ですね)

それに色んなアイデアが湧いてくることも少なくありません。
ホームページの企画や講座のネタの多くはこうした非日常空間の中で
生み出されたものです。
「こんなところでいつも仕事したいなあ」なんてヴィジョンがやってきて
将来にわくわくすることを思いつくことも少なくありません。

そんな効果もあって、カウンセリングの中で、そうした宿題を
提案することもあるくらいです。

疲れていたり、問題に行き詰ったり、なかなか心の整理がつかない時には、
一旦、“非日常空間”を自分に与えてあげると、違った気持ちで問題に
向き合えることも少なく無いですから、ぜひ、お試しください。


by 根本裕幸

投稿者 csadmin : 10:42

2003年10月21日

●大切な人たち

先日、妻のおばあさんが亡くなられました。

お父さんのいなかった妻にとって、おばあさんは育ててくれた父親代わりといえる
存在でした。
おばあさん自身、厳しく、またそれ以上の包容力のある、男勝りな方でした。

そんな方でしたから、妻との婚約当初、結婚に反対されていたおばあさんには、
僕自身もずいぶん厳しいことを言われ、肝を冷やしたのを覚えています(最後には、
とても快く結婚を許して下さり、祝福して下さいました)。
そういう意味では、僕にとっても、「お義父さん」とよべる人であったのかもしれ
ません。

この数年、入退院を繰り返され、僕も妻も何度も心配したり、胸を撫で下ろしてほっと
したりの繰り返しだったのですが、6月にとうとうガンで倒れられ、帰らぬひととなって
しまいました。


「もう危ない」と妻の実家のお義母さんから電話をもらったとき、僕も妻もどうしたら
いいか、おろおろしてしまいました。
なんと言っても、妻の実家は僕たちの住まいである大阪は某区からはるかかなた、九州
は宮崎県延岡市。
飛行機を使っても、すべてのアクセスを考えると5時間はかかる距離にあります。

旅費だって馬鹿にならないため、そう何度も往復することはできませんから、もし妻
が看病に旅立てば、当分は帰ってくることはできません。

「娘たちの学校は!?
 幼稚園は!?
 飛行機の予約!
 厚志の仕事の都合はどうなる!?」

そんな僕たちの日常の歯車を止めたり変えたりする作業を、パニックになって繰り返し、
ばたばたと準備をし、仕事でどうしても動けなかった僕はあとから追いかけることにし、
妻は故郷へと旅立ちました。

おばあさんがとてもかわいがってくれた、娘たちを連れて。
妻も僕も、学校や幼稚園を休ませてでも、娘たちを妻と一緒に田舎へ旅立たせることに
したのです。めったに合うことが出来なかった娘たちが、最後にそばにいられるように。

お年寄りのため、ガンを摘出する手術も出来ず、黄疸もすすみ、お医者さんも
「もう手の施しようなし」
といわれたため、妻がうちに帰るときは、そして僕が妻の実家を次に訪ねるときは、

「おばあさんが亡くなったとき」

という約束事が、そのあわただしい準備の中ですでに出来上がっていました。

僕にとっては、身近な人の死を体験するのは、これで4度目です。
でも、はじめの3度はどれも突発的で、寝耳に水、という体験ばかりだったので、
親しい人の死をただ黙って見守ることしかできない、という、もうどうすることもできない
状況に身をおいたのは初めてでした。

そんな中で僕と妻の間の約束事が、ひとつありました。

「もうすぐ天国へ行くばあちゃんに、あとで『ああしてあげればよかった』と悔やむことだけは
 しないでおこう」

ということでした。

でも、僕は最初から、その約束を破っていたのかもしれません。

僕がおばあさんの訃報を聞いたのは、妻に「病院の先生が、今日か明日といった」と電話を
もらって、慌てて飛び乗った船の中でした。
旅費が足りず、飛行機よりもずっと安い、けれどとっても時間がかかるフェリーの上で、
メールをもらったのでした。

そのとき、僕は、なぜか悲しみを感じることはなく、ただ、
「ばあちゃんは苦しまずに逝けただろうか?」
「善子(妻)は悲しんでるだろうか?」
「近頃ばたばたしたけれど、これで一区切りか。。。」
と、冷静に頭を動かしていました。

しかし、時間がたつにつれ、妻の実家にたどり着き、お通夜を経て、お葬式がおわっていく次第に、
僕の中には、
「おばあさんとはもっともっと仲良くなれたはずだ」
という後悔の気持ちがたくさんあふれ、
「残念だ」
とため息ばかりが出てしまいました。
胸の中には、悲しみともいえない、また、罪悪感ともいえないような、なんともいいがたいものばかりが
渦巻いていました。

そんな気持ちを感じながら、僕は自分の環境を同時に振り返りました。
「もし、今、僕の身の回りのだれかがいなくなったとき、同じ後悔をしないだろうか?」
と。

可能性は大いにあると思うのでした。
でも、それだけは勘弁、と思います。

どんな場合でも、後悔というのは多かれ少なかれあるかもしれません。

家族、親兄弟。

そしてこのカウンセリングサービスの仲間、

健一さん、志保ちゃん、ねむねむ、りかちゃん、はらっち、まっこ母さん、えりちゃん、みどりねえさん、
順ちゃん、げんちゃん、ともち、ぺこちゃん、田内兄さん、陽子ちゃん、美紀ちゃん、なおみねえさん、
昌代ちゃん、向井さん、安見さん。
僕にカウンセリングを教えてくれた師匠、そして事務所のみんな。

みんなみんな、僕にとって、お世話になったり、ぶつかったり励ましあったりできる、かけがえのない
大切な友人であり、仲間たちです。

そんな、僕にとって大切である人たちに対し、
「もっと仲良くなれるはずだった」
という後悔、それだけはするまいと思うのです。

おばあさんの遺影に、僕は、それを約束しました。


妻は、最後に、おばあさんに、
「かわいがってくれてありがとう」
と別れの言葉をかけました。
帰りの船の中でも、
「出来ることは全部やった。ばあちゃんも喜んでくれてるとおもう」
と言っていました。

わが妻ながら、僕はただただ、彼女に感服するのみです。
悲しんでいないわけではなく、それでいて、浸っているわけでもなく、一言、
「やることはやった」
と自負する、僕にとって最高の妻に出会わせてくれたおばあさんに感謝しつつ、僕は
おばあさんに約束したことを胸に刻み込みつつ、生きていこうと思うのでした。


田村 厚志

投稿者 csadmin : 10:41

2003年10月14日

●天使の滞在

根本家の愛犬ショコラがしばらく我が家にやってくることになりました。
子犬のときからシヨコラの大ファンな私は、もううれしくてうれしくて。。
彼女(メス犬)の滞在は、我が家になつかしい感覚を甦らせてくれました。

外出から戻ってくると、おもいっきりシッポを振って耳をたらし、時にはウレション(おしっこ)までしてしまうほどの喜びぶり。。
私の存在に対して、とにかく喜びを全身で表現してくれるのです。
朝起きたときも、「おはよ〜〜〜ペロペロ・・・」てな具合に、いつも彼女はスタンバッています。
そういえば、昔は子供たちもこんなだったなぁ・・・
今は19歳と16歳のやたらでっかい息子たち。こんな時代があったなんてみる影もなく、日々男臭さを漂わせています。
でもでも、確かにあったのです。「おかあしゃーーーん!!」と、いつでも何処でも私のことを追い回してくれて、洗濯物を干すときも、ごはんの仕度をするときも、トイレの中までも、いつもやつらは私を追いまわしていました。
当事は「うるさ〜〜〜〜い!!」とよく思ったものですが、今となってはなつかしい。。。

彼女の滞在は、息子たちにもいろんな影響を与えてくれました。
長男のふとんの上でオシュコをして、「ギャーーしっこされたぁ〜〜」との叫び声!
長男が「コラー!」とショコラに説教をするのですが、あの無邪気さにいつも負けて、最後は部屋で大はしゃぎ。
いつもクールをきめこんで、感情をあまりおもてに表さないタイプなのですが、ショコラはいつも、彼の無邪気さを引き出してくれます。

次男はまるで友達のようにショコラと接しています。
切り替えがへたで、いつもいっぱいいっぱいで、たまりに溜まって爆睡をする・・というのが彼のパターンなのですが、ショコに散歩をねだられて「はいはい」と言いながら行く様子は、あきらかにショコにガス抜きをしてもらっています。
あれだけ喜んでもらえたら、彼はとたんに癒されてしまうようです。

主人はあまりショコラと仲良くならないように努めていたようなのですが、(後で聞くと、可愛くなりすぎるのが怖かったようです)2週間ほどたってからはもうメロメロ。。
ショコラも初めは警戒していたようですが、今はまさにラブラブで、夜寝る前は、必ず主人の手や顔を舐めまわしています。(根本裕幸には内緒。。)
そして夜中に必ず一遊びさせられてから、ようやく眠ることが出来ます。
まさにこの一ヶ月で、家族全員が彼女の魅力にメロメロにさせられたというワケです。
(さすがセラピストのワンちゃんだわ。。)

犬一匹の存在がこんなにも私たちに感情に影響を及ぼすって、すごいですよね。
私たち家族は、ショコラの無邪気さに、みんなが癒されてしまいました。
彼女が私たちに与えてくれたものは、まさに素直なハートです。
お留守番をさせて寂しい思いをさせたとしても、かわいい反撃はありますが、(オシッコ、ウンチ攻撃)根に持つということは全くありません。
いつでも彼女は、うれしい気持ちをおもいっきり表現してくれます。
人間だとそうはいきませんよね。
彼女からは学ぶべにものは、本当にたくさんありました。

主人が横目でこっちを見ながら「こいつが帰ったら、オレの帰宅をこんなに喜んでくれる人がいるのかなぁ〜〜」
とポツリ。。
「へっへっ いるいる」と笑ってごまかす私(笑)

あと2日でこの天使は根本家に帰ってしまいます。
そして私たちは確実にペットロス。。
今度来る日を楽しみに待っていよ〜
まさに、おばあちゃんの心境です。。

山本 真規子

投稿者 csadmin : 10:41

2003年10月10日

◇「幸せにする」ということ

「幸せになるぞ!」って考えることってよくありますね。
何を「幸せ」というのか、幸せという定義がどんなものかは一人一人
違うものですが、例えば「やりがいのある好きな仕事に就くこと」が
幸せになることだったり、「大好きな彼と結婚すること」というような、
目標にたどり着くことや願望成就することが「幸せになること」に近いのかな?
と思います。

でも、その「幸せになる」目標の為に費やした日々が楽しいと感じられたら
いいのですが、なかなかその願望に近づけず、ひどい嫌な感情が多く出てくると
とても辛い。ましてやその状態が続いてしまって「幸せになるぞ」という意欲すら
薄らいでしまいがちですね。

以前、仕事に就く為にハローワークに通っていた時期がありました。
面接を受けては落ち、受けては落ち・・を繰り返し、失業保険を底を尽きていて、
「早くどこでもいいから受からなくっちゃ・・」と焦りを感じていた、
嫌な思い出です(笑)

そんなある日、いつものようにハローワークに自転車で歩道を勢いよく
向かっている最中、駐車場から飛び出してきた車にぶつかってしまったんです。
自転車の前輪はタイヤに轢かれてガタガタ。私も胸を強く打って苦しい状態。
びっくりして急いで車から出てきてくれた人が病院へ連れて行ってくれました。
レントゲンの結果、異常は見当たらなく様子を見るためにしばらく通院するだけで
大丈夫。・・だったのですが、体は良くても心はそうじゃないんですよね。
日々のストレスのせいでダメージを受けてしまいました。
その夜は仕事が見つからない焦りも重なって、
「こんな事故に会うなんて・・」
「何もなかったけど、嫌なことの前兆なのかもしれない」
というように悪い方悪い方へ・・と考えるばかりです。

友人に電話をかけて気持ちを落ち着けさせた後、いつも遅くにお風呂に
入っていたのを早めに入ることに。香りのいい入浴剤を入れてゆっくり湯船に
浸かって、その後の時間は何も考えずに好きなことをしてのんびりしようと
思いました。

それから・・お風呂から上がったらまだ9時前。雑誌を改めて読み返してみたり、
通販のカタログを見てはこれいいな〜と心を膨らませたり。
「こんなに早く入って後の時間をゆっくり過ごすことなんてなかったな・・」
と、つくづく感じたものです。
ごく普通のことのはずなのに、その時間はこれまでにないぐらいの言葉には
言い表せないほどのゆったりした極上のひとときでした。
つい昨日までは焦りばかりの堂々巡りの日々でしたから、これまでの生活は
自分に対して思いやりがなかったな・・と痛感しましたね。

いくら頑張ってやっても無理なこと、駄目なこともある。
ならばその事実を受け入れいくことも大切なのでしょう。


「幸せになるために・・」と目標を掲げて頑張っている時間が苦行のように辛いと
感じる時があったら、その時は無理しないこと。じゃないと、「なるために・・」
ではあまりにも道のりが遠すぎて目標を見失いがちになったり、あきらめたり
やけになったりする場合も出てきますから逆効果ですものね。

いったんそれを受け入れて、今の自分を「幸せにする」ことに気持ちを
切り替えてみる。

難しいことでなく、簡単に出来ることでいいと思うんです。
部屋を模様替えして楽しんでみたり、ちょっとした雑貨を買って楽しんだり、
食べたいもの、おいしいものを自分の為にお料理するのもよし。自分が自分の為に
してあげられるようなものです。
私はと言えば・・やはり入浴剤、好きですね。あとはアロマオイルかな。
ストレス溜まっているなぁ・・と感じる時に、「気分よくしてあげよう」と
思いながら使っています。

目標や願望へと向かう段階の一つとして「今を幸せにすること」で、
自分にとって大切でかけがえのないひとときになれるし、その一つ一つが
積み重なるように『幸せ』への階段を一歩一歩上っていくことになり、
「幸せになること」へ近づくのだろうな・・と思います。

今、あなたは自分を幸せにしてあげていますか?


by 中野知枝

投稿者 csadmin : 10:40

2003年10月 7日

●満足

おかげさまで、娘も生まれて5ヶ月が経ちました。
お祝いのメッセージやプレゼントをおくってくださった皆さま、本当にありがとうございました。
当たり前かもしれませんが、自分の誕生日を祝ってもらうこと以上にうれしかったです。

さて、離乳食も始めて、部屋の端っこまで転がっていっては、その先に「行けない!!」と泣きわめいている娘。
めくるめくおっぱいの日々は過ぎ去って、少し余裕もでてきましたが、調子に乗って散歩に出かけすぎたのか、生まれて初めての風邪をひいてしまいました。
幸い別件で病院に行ったついでに診てもらったので、発熱前ひきはじめにお薬をもらって飲んでいますが、おえっとした顔で慣れない咳をし、私に直接口で鼻水を吸い取られては大泣き。
ほぼ毎日が“初めて”の連続の中で、あまりうれしくない出来事ですが、それでもほっぺを赤くして鼻をたれてる顔は、新生児を卒業したようで、なぜか私を幸せにしてくれます。

正直、こんなに楽しいものだとは思いもしませんでした。
かわいい友達の子どもを見ても、念頭にあったのは「大変そう。。。」
そりゃぁ、大変だし、これからもっともっと大変になるのは目に見えていますが、腰や肩の凝りがピークに達していても、夫婦の間に子どもが挟まっていても、それをチャラにしてくれる。
まさに“愛の奴隷”とは、このことではないのか?と思うほど、彼女は魅力的です。
もちろん主人も虜。
ふたりして馬鹿は続きます。

みなさんご周知のとおり、根本家はおめでた。先月久しぶりに顔を合わせることができました。
あれこれと思い出しながらマタニティ話に花は咲くんですが、どこかとても遠い過去のような気がしました。
といっても、引っ込まないお腹が「おいおい、このまま過去にするのかよ?」とでしゃばってきますが。。。

数ある分娩法の中で、私が入院・出産した病院はソフロロジー(イメージバース)というイメージや呼吸法を取り入れた分娩法を実施いて、まるでセラピーと一緒だわ、と思いながら練習に行っていました。
娘の頭が大きくて分娩誘導のため早めに入院しましたが、結局陣痛促進剤は功を奏でず、陣痛は起こったものの帝王切開だったので、実践には到れませんでしたが(^^)
そんな無念も、手術台の上で産声を聞いたとたんに消えていったんですけどね。
そのマタニティ教室で、ある助産婦さんがこう教えてくれました。

「赤ちゃんには、“満足する”ということを教えてあげなくてはいけません。」

一瞬、なんのことだかわかりませんでした。

「シーツが洗いたてで、あぁ気持ちいい。
 おむつを替えてもらって、さっぱり!
 ぺこぺこお腹が、おっぱいでもぉ〜いっぱい。
 抱っこしてもらって、うれしい!
 などなど、数え出したらきりがないほどの“満足”を、たくさんたくさん教えてあげてください。」

なるほど、と思いながらもピンときていない自分がいました。
でも最近やっと、少しずつわかりだした気がしています。

娘は、全身全霊でなにかを訴えます。求めます。
それに応えるのが、今の私のつとめですが、
「ほらね、こうしたら楽になったでしょ。」
「もう大丈夫、安心してね。」
「ほら、こんなに楽しい!」
という欲求や要求に対する応えを、どこかで、
「ほら、こうしたら苦しくないでしょ。」
「もう心配させないでよ。」
「どう?どう?どう?」
と、なんだか手当てをするような、満たすというよりも埋め合わせようとするような、
そんな感じに捉えていたような気がするんです。
求めに応じることが目的になっていて、応じた結果もたらされる果実には目がいっていないというか。

大人になると、たくさんの諦めや期待があり、求める気持ちや願いは限りなくあっても、
どうすれば満たされるのかが、わからなくなってきた、なんてことはありませんか?
どこかで絶望していて、果たして満たされることなんてあるんだろうか?と自分に問うたことさえ忘れてしまった、なんてことはないでしょうか。
はたまた、こうすれば望みは叶うはずだ、と思い続けてやりつづけて、未だ実らずとか。。。

人を惹きつける引力は太陽並の赤ちゃん。
毎日、毎日照らされて、もう娘がいない生活は想像もできません。
我が家の太陽は、まるで怪獣(ほんとに笑)ですが、妥協ではなく間に合わせではなく、本当に欲しいものがなんなのか?を見つけ出そうとする意欲を思い出させてくれました。
だって、親鳥がヒナの大好物を見つけてせっせとくわえて巣に戻るように、見つけ出さないことには与えられないからです。

こうしてエッセイを書けたのも、ついこの間「そういえばこのお腹の中にいたんよなぁ」と思いながら娘を抱きしめてみたとき、ふと「そうそう!!こんな感じやった!」と娘が生まれて初めて、えもいわれぬ満ち足りた気分になったからなんです。
妊娠にも出産にも、これまでの育児に対しても、なんだかご褒美をもらったような気がしました。

絆は、あるものではなく創るものなんだそうです。
その絆の結び目のひとつひとつが満足でできていたら、とても素敵ですね。


源河はるみ

投稿者 csadmin : 10:39