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ご相談事例集(バックナンバー)

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タイトル
どうしたら良いのでしょうか
相談者名
ちゃっぴー
初めまして、21歳の女です。ご相談よろしくお願いします。
私は今、カウンセリングを受けているのですが、カウンセラーさんに感情が麻痺していると言われました。と言うのも、私には4才離れた兄がいるのですが、私は中学の頃から兄に暴力?を受けてきました。それは今も続いているのですが、私には暴力を受けているという認識がありません。確かに兄に木刀で叩かれ怪我をしたり、熱湯をかけられ火傷をしたりしています。ですが、それは私にとって当たり前の日常というか…兄妹ゲンカくらいに思っていたので、カウンセラーさんとの認識の違いをなかなか埋める事が出来ません。それに兄から暴力?を受けても私は辛いとか悲しいとか、何も感じることがないのです。もし兄の行為が暴力だとしたら普通辛いとか感じるのではないかと思うのですが…。カウンセラーさんの言うように、私は感情が麻痺しているのでしょうか?
またカウンセラーさんがその事ですごく私のことを心配してくれているのですが、心配させる様なことを私は言っているのだろうかとそこでも認識の違いを感じます。心配させてしまっているカウンセラーさんにすごく罪悪感を感じます。とても信頼しているカウンセラーさんなので割と何でも話してしまうのですが、心配させるようなことは言わない方が良いのでしょうか?
カウンセラー
池尾昌紀
ちゃっぴーさん
池尾昌紀と申します。
ご相談ありがとうございます。

感情が麻痺している、というのは、とても辛い状況が長く続いた時などに、感情を感じ続けると心が辛過ぎて耐えられなくなる、壊れてしまうのを守ろうとして、自らの心にフタをして、感情を感じないようにする、という自己防衛の一つであると言えるでしょう。

もうこれ以上「辛い思いをしたくない」と心が思うのです。
すると、そんな辛い思いをするくらいなら、感じないようにしようと心が思う。
それが感情を麻痺させるということです。

「辛い思いをしたくない」という気持ちが強いと、その出来事を「辛い」と意識することそのものが辛すぎるので「辛いと感じなくなる」ことになります。
これが麻痺の状態です。

また、幼い頃から日常的に辛い状況が続いている場合ですと、その状況が当たり前と思ってしまうので、誰か他の人に自分の状況を話したりして、客観的な視点が入った時に初めて、自分の状況は実はとても辛い状況のようだ、と気がついたりします。
この場合は、心は表面的には全く自覚がありませんが、心の底では「辛い思い」を感じています。

例えば、暴力を振るわれるとか、ひとりきりで放っておかれるなど、辛い状況はいろいろなケースがあると思いますが、そんな状況にいれば、心は自然に、嫌だなと感じるし、こんな状況が変わればいいな、と感じます。
麻痺して感じなくなっていても、感情は死んでいるわけではないのです。

ですから、理由はわからないけど、いつもイライラしている、常に大きな寂しさを感じている、生きている感じがしない、いつも息苦しい、何をしてもおもしろくない、といった感じを感じていたりします。
こうした思いは、大きな「あきらめ」の気持ちをあらわしています。
一番感じているのは、この「あきらめ」なんですね。
どうせ変わらないのだ、という気持ちは、ドキドキワクワクするように物事をとらえることができません。
「あきらめ」てしまっていますので、何をしてもおもしろくないし、生きている感じがしなくなってしまうわけです。
そして、物事を冷静に見てしまう、理論的に見てしまうということも起こってきます。

感情が麻痺している度合いだけ、頭で考えるようになっていく傾向が強くなるようです。
物事を理屈で整理することになるので、感情に訴えられたり、感覚的に話をされても、ピンとこなかったりします。
感情が麻痺しているため、心が理論的な考え方でないと理解できなかった、受け入れられなかったりするのですね。

ちゃっぴーさんの場合、ご相談内容からすると、兄妹喧嘩を越えている暴力を受けていると思わざるをえません。
そして、感情が麻痺しているとも言えるでしょう。
でも、ここまで説明させていただいたように、それは自分で自分の心を守るために自然に身につけたものと思われますので、自分で意識している感覚とカウンセラーが語る感覚にずれがでてしまうのは当然のことだと思います。

だって、カウンセラーが言う事を感じてしまったら、せっかく「辛い思いをしたくない」ために守ってきた心のフタを開けてしまう事になるから。
そんなことをしたら、辛くて心がどうにかなってしまうから、感じるわけにはいかないわ、と心は無意識に守り続けようとするわけです。

けれど、その麻痺していた感情が、カウンセラーとの話のなかで、ぐらぐら揺らいできているのではないでしょうか。
そのことに困惑してしまうのだと思います。


今、ちょっと思い出していただきたいのです。
ちゃっぴーさんは、そもそも、どうしてカウンセリングを受けようと思ってくださったのですか?
何か他の心配事があって、そのうち、感情が麻痺しているお話になったのかもしれません。
きっかけは別かもしれませんが、それが何であろうと、ちゃっぴーさんの心は麻痺させることに疲れてしまった、もう限界だと思っていたのではないでしょうか。
それがカウンセリングを受けようという思いを後押ししていたのではないかと思います。

人は誰でも3つの思いを持っているといいます。
「わかってほしい」
「助けてほしい」
「愛してほしい」

ちゃっぴーさんは、自分でも気がつかない間に、誰かにわかってほしかったのではないでしょうか。
そして、誰かに助けてほしいと願っていたのではないでしょうか。

今までずっとできなかったこと。言えなかったことです。
そして、そんなことができることを「あきらめ」ていたことです。

でも、カウンセリングを受けるという行動に出た事で、それは現実になりました。
あなたの勇気がそれを起こしたのです。

今、カウンセラーの声をきいても認識の違いを埋めることができないかもしれません。
そして、カウンセラーに心配させていることを申し訳ないと思い、悩んでしまう。
そのことに戸惑いや苦しみがあるので、こうしてご相談くださっているのだと思います。

けれど、それでいいではありませんか。
カウンセラーとの認識の違いがあったって、カウンセラーに心配をかけさせてしまうと思ったって
それでいいではありませんか。

カウンセラーはご相談くださった方のお話を聞く仕事です。
もし、心配させて申し訳ないと遠慮して何でも話せなくしてしまってたら、カウンセリングになりません。
遠慮なくお話ください。

カウンセラーとの認識の違いがあっても、もう少しお話を続けてみてください。
それは、ずっとあなたが本当にのぞんでいたこと、「誰かに私の辛さをわかってもらう」ことができるようになっていることではないのでしょうか。

そうでなければ、もっと前にカウンセリングを受けなくなっていると思うし
こうして相談コーナーにご相談をしてくださらなかったと思います。

今、あなたは大きく変わろうとしています。
そして、その変化が大きければ大きいほど、変化への怖れも大きくでてきます。
今まで麻痺していた感情がぐらぐら揺らいでいけば、その怖れは大きくなっていきます。

でも、あなたは変わろうという勇気をもって、前に進まれたのです。
どうか、ご自身のその勇気を持てた素晴らしさをみてあげてください。

その勇気は、きっと、チャッピーさんを幸せにしていく道に導いてくれると思います。

ご相談ありがとうございました。


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